智子の真実
ある日、母親の口から突然智子の名前が出た。朝食を済ませた大原が仕事に向かおうとしているときのことだった。
「あなたの同級生に若宮智子って女の人がいたでしょ。あの人、昨日から家に戻ってないんだって」
「へ? なんだって?」
「だから、あなたの同級生だった智子さんって人が失踪しちゃったんだって」
あまりにも突然のことだった。
いったいなにが起きているのか、大原にはさっぱり理解できなかった。智子になにが起きたのだろうか?
なにかトラブルに巻き込まれてしまった可能性もある。その日は気になって仕事が全く手につかなかった。
昼休みに智子のスマートフォンに電話をかけてみたがつながらなかった。
母親によると、智子の両親はすでに警察に相談しており、懸命に智子の行方を捜しているという。
大原のところにも地元の警察署から電話があり、大原はいろいろと話を聞かれた。もしかしたら自分が疑われているのかと構えたが、警察官の態度は実に紳士的なものだった。
しばらくすると、智子に関するよからぬうわさが流れ始めた。
前の夫と離婚した原因は智子の金遣いの荒さが原因で、智子が内緒で貯金を使い込んでしまったことに激怒した夫から離婚を切り出された。離婚の理由が理由なので、慰謝料は1円ももらっていないという。
離婚してからも智子の金遣いの荒さは変わらず、消費者金融にかなりの額を借り入れていたらしい。
そのうわさを聞いても、驚きはまったくなかった。いろいろなこととつじつまが合う。
「金遣いが荒い」というのは大原の見方とも一致するし、そのような状況なら高級レストランや高額なアウターをねだる気持ちも分かる。豪華な誕生日パーティーの費用についても、消費者金融に借りたというなら納得できる。
智子というのは、悪い意味で大原の想像を超える人間だったようだ。
智子が失踪してから1カ月ほどが経過した。
突然、大原のスマートフォンに知らない番号から電話がかかってきた。それは、智子からの電話だった。
「久しぶり。大原君だよね」
「智子、さん?」
「うん、智子です」
「いったい、どうしたの?」
「ちょっと、いろいろあって」
智子の声は今にも消え入りそうだった。
消費者金融の借金を抱え、どうしようもなくなり、姿を消したのだろう。智子の声からは、疲れと絶望がにじみ出ていた。
「本当にごめんなんだけど、助けてほしいんだ」
「助けて、欲しいの?」
「うん。助けてくれたら、なんでもするから」
その言葉を聞いた瞬間、大原は無言で電話を切った。
このまま智子の話を聞いていたら、きっと自分は手を差し出してしまう。そして、智子と一緒に地獄に沈んでいくだろう。
自分はそういう人間だということを大原はよく分かっていた。
電話を切った大原は、ベッドにごろりと横になった。
圧倒的な孤独を感じていた。
しかし、孤独を感じると同時に自らが自由だという感覚があった。
『孤独を恐れることはない』
大原は境地に達していた。
もしかしたらまた出会いがあるかもしれないし、出会いがなければ孤独を楽しめばいいだけだ。孤独の裏には自由がある。大原は孤独だったが、同時に圧倒的に自由でもあった。
窓の外から、強い風の吹く音が聞こえた。
自分の人生にも追い風が吹いてくれたらいいなと大原は思った。
追い風を受け、自由な人生を突き進んでいこう。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。