懐かしい仲間たちとの日々
「——やってらんねえ! っつうの」
とん、と半分くらい一気に飲んだ生ジョッキをカウンターの上にたたきつける。翔子さん荒ぶってんなぁと、主に演出担当だった鏑木が言う。
「まあでもやってらんねえですよね。俺なんか、今日の面接で50社目ですよ。もうネクタイとか2秒で結べるようになりましたもん」
「お前はまだ若いからいいよ。俺なんて警備員。立ってるだけ。ああ、思い出すねぇ。15周年のときの『白雪姫と3匹の子豚』んとき、俺の役、木だったんだよ」
緩めたネクタイをほどく鏑木に、翔子と同じ役者志望だった大輔さんがぼやきながら枝豆をかじる。
〈サボテン〉団員たちは呼べばすぐに集まった。テーブル席で騒いでいる元座長の山口たちを横目に見ながら、翔子たち3人はカウンターでえいひれをかじっている。
「あの公演はひどかったですよね。私なんて、馬ですよ? オオカミに襲われて死ぬだけって」
「木よりはましだろう! 迫真の演技してたじゃねえか」
「あの一瞬のために、私がどんだけ草食動物の捕食される映像見たと思ってんですか!」
「ねえちょっと、まだ俺がいないときの話で盛り上がるのやめてくれます?」
鏑木がすかさず翔子たちに横やりを入れる。
お互いに所属年数は違ったが、青春よりも濃い時間を過ごした仲だ。会話のリズムも間の取り方も感性も、翔子にはすべてが心地よく感じられる。
「いやぁ、楽しかったなぁ」
大輔さんがぼそりとこぼし、ハッとしたように目を見開き、吐き出した言葉を濁すようにビールを流し込んでいた。
「楽しかったですねぇ」
いけないと分かっていながら翔子もそれに続いていた。
もう〈サボテン〉はなくなった。翔子たちを受け止めてくれる場所は消え去った。それだけが変わりようのない事実だ。
「またやりたいっすね、演劇」
「そうだねぇ」
翔子の肯定に後が続かなくなったのは、それがもうかなわないことだと全員が知っていたからだろう。
翔子だってこの集まりが現実逃避にすぎないことは分かっていたけれど、それでも今はまだ夢の名残が必要だった。
●翔子は現実を受けとめて生きていく事ができるのだろうか。 後編【職場のイジメと敗れた夢… 絶望したアラフォー女性を救った「小さな声」の正体】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。