女優からコールセンターの派遣社員に

長年コンビニのアルバイトを継続していたとはいえ、あるいは正社員でないとはいえ、すんなりと就職が決まったことは幸運だった。

コールセンターの派遣社員。演劇のようにきらびやかなスポットライトが当たることはないかもしれないが、そこが翔子の新しい舞台だ。

朝礼と発声練習を終え、スーパーバイザーの国見から研修を受ける。20代後半くらいの国見はきびきびと動きはきはきと喋(しゃべ)るのが特徴的で、まるでコールセンターをそのまま人のかたちにしたような印象の女性だった。

「演劇をやっていた分、声はいいね。声量も十分、滑舌もよく聞き取りやすい。でも語気が強すぎるから。お客さまに威圧感を与えて怖がらせることになるよ」

「……すいません」

随分ととげのある言い方だなと、翔子は思った。新人とはいえ一回り年下の国見にタメ口で話されることもなんだか釈然としなかった。こういうものなのだろうか。自分に社会人経験がないから、どうでもいいことでいちいちつまずいてしまうのだろうか。ずっと夢を追いかけてきた自分の人生は、やっぱり間違いだったのだろうか。翔子の頭のなかは誰に向けるでもない後ろめたさに満たされた。

「少し言い方きついかもしれないけど、全部佐々木さんのためを思ってのことだから。理解してもらえるよね?」

休憩時間、翔子は同僚たちからランチに誘われてオフィス近くのカフェに来ていた。

前職は何をやっていたのかと当たり障りのない質問が飛んできて、翔子は劇団とコンビニ店員のどちらで答えるべきなのかと迷った末に「劇団で、演技を少し」と答えた。答えた瞬間、場がわっと沸き立った。

「え、佐々木さんって女優なの⁉ すごい!」

「ドラマとか? どんなのに出てたの?」

同僚たちは翔子を置き去りにして盛り上がる。ドラマではなくて舞台で、それも小さな劇団で――言おうと思った言葉が入り込む隙間はなかった。

「やっぱりなぁ、佐々木さんってなんか雰囲気が浮世離れしてるっていうか、表現者? みたいなそういう感じすると思ったんだよねぇ」

「分かるかも。ちょっと私たちとは違う感じだよね」

「じゃあ独身なの? 彼氏とかは?」

「いや、演劇しかやってこなかったので……」

「ほらぁ、やっぱり!」

「その年まで夢を追いかけられるなんてちょっと尊敬なんだけど」

「何で辞めちゃったの?」

「やっぱ結婚とか出産とか考えるもんね」

翔子は答えられずに黙りこくる。

「うちもさぁ、彼が全然踏ん切りつかなくてさ、それとなく話題には出すんだけど、はぐらかされるんだよね」

「あるよねぇ。私のとこは、子供が先だったからすんなりだったけど」

話題はいつの間にか移り変わり、中心点にいた翔子はいつの間にか蚊帳の外へとはじき出されている。

消費されている、と思った。

翔子は見せ物だった。一心不乱に夢を追いかけて破れた結果は、まっとうに働き、まっとうに生きている人たちに物珍しさで楽しまれ、飽きたら素通りされるようになる。

この場所に翔子の居場所はなかった。机の下で操作するスマホで、まだ残っている〈サボテン〉のグループLINEを確認する。