50歳を過ぎて初めて知った「高額療養費制度」

実家を出て30年間、北区王子の分譲マンションと職場を往復しながら働きづめだった京子が「高額療養費制度」と「限度額適用認定証」を知ったのは、正子が倒れた時だった。

がんなど特定の治療にかかる医療費は非常に高額になる。そのため「高額療養費制度」によって限度額が設けられ、超過分は条件に応じ返還される仕組みだ。

だが返還は「3カ月後」に振り込み。つまり窓口では全額立て替えなくてはならない。

その返還分を窓口ですぐ差し引いてもらう方法の一つが「限度額適用認定証」なのだ。

……と、京子に教えたのが、20歳下の経理部社員、梅塚だった。ベテランの京子にも遠慮がなく、年の離れた友人のような関係だ。

京子が在宅看護のため1カ月の休職を申し出た時、肺がん治療中の父を持つ梅塚は、

「米倉さん。そ、そんなことも知らないんすか」

とぼうぜんとしていた。

勝のがんが発見された時、狼狽した正子は即座に貯金を下ろし手術と入院を進めていた。

京子が状況を知らされたのはそのひと月後、勝の抗がん剤治療が始まる直前だったのだ。

すでに父母の貯金は100万円を切っていた。

「明日送っても同じよ」スマホに向かって京子は答える。

「外に出れるときに行かないと… 治療中は何があるか」梅塚の声が低くなる。

どきりとした。これが本当の梅塚の声なのかもしれない。

「あと趣味とか見つけたほうがいいですよ。米倉さんは仕事一辺倒なんだから」

「ありがとう」とだけ答え、京子は電話を切った。