返済を続ける愛理の成長

休日の朝、敦美は豆を量り、コーヒーを淹れた。湯気が立ち、やさしい香りが部屋に広がる。出勤前の慌ただしさがないだけで、気持ちが落ち着く。パンを軽く焼いて皿に乗せたころ、孝介が寝室から出てきて、欠伸を噛み殺した。

「おはよう。休みなのに早いな」

「休みだからよ。誰にも急かされない朝って、幸せ」

「そうか」

ほどなくして愛理も起きてきた。部屋着のまま髪をまとめ、冷蔵庫から水を取り出す。

督促されていた18万円は、先日きちんと支払った。約束通り、返済の第1回分も受け取っている。

「愛理、今月も返済大丈夫そう?」

愛理は水をひと口飲んでから、肩をすくめた。

「うん、春休みだからバイトいっぱい入れるし。たぶん、まとめて返せるかも」

敦美は、それを即座に信じるほど甘くはない。だが、娘がただの出まかせを言っているのでもないことは、感じていた。

「ほどほどにね。ちゃんと大学の勉強もするのよ」

「分かってるって」

孝介がパンの皿を引き寄せながら言う。

「来年は単位、落とせないぞ。ちゃんと考えて時間割組むんだ」

「大丈夫、大丈夫、再履の分はもうみんなから過去問もらったし」

「愛理、あなたねえ……」

敦美は思わず苦笑した。

彼女が本当に変わったかどうかは、まだわからない。それでも腹を割って話せたことは大きい。特に将来の目標を知れたことは、心から「よかった」と思える出来事だった。

「あっ、やばっ!」

時計を見て、愛理が勢いよく立ち上がる。

「じゃ、バイト行ってくる!」

リビングのドアを抜けていく背中を、敦美はコーヒーのマグを置いて、玄関まで見送った。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「うん」

ドアが閉まり、入れ替わりに入ってきた外気は、数日前よりもいくぶんやわらかい。

ダイニングに戻った敦美は、湯気の消えかけたマグを手に取り、寝癖のついた夫と向かい合った。カーテン越しに差し込む淡い光が揺れ、遠くの車の音だけが、静かに聞こえていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。