雅子さんの面影を残す杏子さんとの運命的再会
日弁連(日本弁護士連合会)に問い合わせて杏子さんの所属する法律事務所を確認し、連絡を取ると、杏子さんは「ああ、あの拓也さん!」とすぐに面談の予約を入れてくれました。
杏子さんとはその時が初対面でしたが、初めて会った気はしませんでした。丸顔で優しそうな面立ちが、雅子さんに瓜二つだったからです。「母から何度か写真を見せてもらったけれど、ずいぶん大きくなったよね」と笑顔で声をかけられ、照れ臭い思いをしました。
しかし、仕事モードに入ると杏子さんの表情がみるみる引き締まるのが分かりました。私が事情を説明すると、杏子さんは税理士さんが残していった書類をひと通り確認した後、なんと遺留分侵害額の請求を提案してきたのです。
遺留分とは、法定相続人の一部に認められる遺産の最低限の取り分のことです。母の相続では唯一の法定相続人である私の法定相続分は100%であり、遺留分はその半分の50%になります。相続人である私が自分の遺留分を侵害された場合、私は、母の遺産を受け取った相手に対して遺留分侵害額の請求ができるのです。母のケースのように遺贈で、相手が団体であっても請求は可能とのことでした。
「拓也さんは『別に遺産が欲しいわけじゃない』と言うかもしれないけれど、これは、お母様の相続に向き合わされる慰謝料であり、必要な費用を賄う軍資金だと考えてください。相続実務は私が責任を持ってお手伝いします。でも、拓也さんが完全にノータッチというわけにはいかないし、嫌な思いをすることだってあるかもしれません」
杏子さんの話を聞いて、「確かに、そういう考え方もあるな」と思いました。父の意向も確認したかったのでその日は提案を持ち帰りましたが、その後父の同意も得られ、母から遺贈を受けた公益法人に対して遺留分侵害額の請求を行いました。
実子からの遺留分侵害額の請求ということで、公益法人の対応も非常にスムーズでした。私は遺産分割協議書から算出した遺留分を手にし、一方、相続税や譲渡所得税の申告・納税手続きは杏子さんの事務所が代行してくれました。打ち合わせや書類の確認などはありましたが、想像していたよりも物理的・精神的な負担は少なくて済みました。