弱々しい父の姿
スーパーの事務所に通されたとき、惟子は言葉を失った。
そこにいたのは、かつて惟子を叱りつけていた父ではなかったからだ。机に向かって所在なげに座るその背中は、すっかり小さくなり、よれた半袖シャツから伸びる
腕は、痛々しいほどに骨ばっている。
「……お父さん」
ゆっくりと顔を上げた父は、黙ったまま惟子から視線をそらした。その表情からは何の感情も読み取れず、ただただ虚ろな印象だ。連絡をくれた店長が遠慮がちに説明し始めると、惟子はひたすら平謝りを繰り返した。
頭を下げるたびに目に入るのは、パック容器に入った惣菜と菓子パン。父が精算なしに持ち出そうとした商品は、合計でたった数百円だった。「今回はお咎めなしで……」「ただし、もしまたやるようなことがあれば……」そんな言葉が頭の上を素通りしていく。惟子は機械的に手続きを終えると、父を連れて逃げるようにその場を後にした。父は家に着くまでの間、一言も発さなかった。
タクシーで実家に父を連れ帰った惟子は玄関の扉を開けるや思わず息を止めた。黴っぽい匂いが鼻をついた。リビングの床にはダイレクトメールやチラシが散らばり、キッチンには発泡酒の空き缶が山を作っていた。テーブルの上には、いくつも弁当の空き箱が乱雑に積まれていた。
「ずいぶん散らかってるね」
「……まあな」
惟子のつぶやきに、父は短く答えたきり黙り込んだ。ソファに沈んだ猫背のシルエットに、惟子はやるせなさを覚えた。
この家には、かつて母の声が響いていた。惟子が学校から帰ると、台所に立つ母が、振り向きながら「おかえり」と笑ってくれた。記憶の残像だけが、荒れた空間の中でやけに鮮やかだった。