信じられない

たしかに独居老人や認知症を患った人が、スーパーなどで万引きをくり返してしまうことがあるということは惟子も知っている。ワイドショーなどでもよく取り上げられていることを鑑みるに、そこまで珍しいことでもないのだろうとも思う。

しかし父は絵に描いたように厳格な人だった。母が他界してから父はずっと独りで暮らしているが、とはいえあの父が万引きをするなんてことが信じられるはずがない。

「うちとしましても、別に大事にしたいわけではないんですが、少なくない被害も出ていますし、その、迎えに来ていただくことはできますか?」

随分と回りくどい言い方だったが、要は惟子が来ないつもりなら大事――警察にでも通報するということだろう。

「わかりました。今から向かいます」

電話を切ってすぐ、上司に「体調不良で早退する」と告げ、ノートパソコンと資料を整理してバッグに押し込んだ。足早にオフィスを出て駅に向かうと、タイミングよく電車がホームに入ってきた。

地元までは1時間もかからない距離だが、帰るのは随分久しぶりのことだった。
「無駄遣いをするな」というのが父の口癖だった。

別に貧しかったわけではない。父はごく一般的なサラリーマンだった。だが父はとにかく浪費を嫌った。冷暖房は我慢が当たり前。買い物は特売品。外食なんて覚えている限りしたことがない。母が来客用に選んだ少し高めの菓子に顔をしかめ、惟子が誕生日に祖父母から買ってもらった文房具セットを「贅沢すぎる」と棚の奥にしまい込んだ。

今でも忘れられないのは、小学生のときの父の日のことだ。

貯めていたお年玉を使って、惟子はネクタイピンを買った。手紙を添えて、勇気を出して父に差し出した。しかし、父は一瞥しただけで「こんなものに金を使うな」とだけ言って、受け取ろうともしなかった。

「惟子がいくつも店を回って選んだんだって」

母が気を利かせてフォローしてくれたが、父はにべもなく言い捨てた。

「そんな暇があるなら勉強しろ」

その後のことを、惟子はあまり覚えていない。

自分が泣いたのか、それとも怒ったのか。受け取られることのなかったプレゼントの行方さえわからない。ただ、あの日を境に、父に何かを期待するのをやめたことだけは確かだ。

ふと顔を上げると、車窓の景色が少しずつ郊外の風景に変わっていくのが見えた。