偶然出会ったのは……

ことの発端は、3か月前、美穂が各オフィスから集めたゴミの分別を行っていたことだった。美穂はそのとき、紙屑に混ざって捨てられていた見るからに高級そうな万年筆を見つけた。ひょっとすると何かの間違いではないかと思い、万年筆を拾い、該当するオフィスに念のため確認を入れたところ、誤ってゴミ箱に紛れてしまっていたことが分かった。

その万年筆の持ち主が辰巳で、いたく感謝した辰巳はお礼にと美穂を食事に誘ってくれた。

もちろん最初はただの、1回きりのお礼だったはずだ。だが、93年生まれの同い年であることが分かり、それなりに話も盛り上がったせいか、ビル内で見かけるたびに声を掛けてくれるようになった辰巳は、たびたび美穂を食事やドライブに誘った。

そして1ヶ月前、みなとみらいまでドライブをした帰り道に、美穂は辰巳から「付き合ってほしい」と告白を受けたのだ。

美穂は動揺した。もちろん何度か会って話すうちに、辰巳の物腰柔らかな人柄に惹かれていたのは事実だ。だが美穂と辰巳では住む世界が違いすぎた。

美穂はただの清掃員で、辰巳はビルに入っている企業のひとつで、業界でもそれなりに知名度のあるSIerの次期社長と目される御曹司だった。

「なんで、私なんか……」

だから美穂は、動揺のままにそう聞き返していた。辰巳は少し困ったように微笑んだ。

「なんでって言われると難しいな。でも、生まれて初めてなんだ。一緒にいて、仕事のこととか、家のこととか、そういうのを忘れて楽しい時間を過ごせる人と出会ったのは」

「でも……でも私なんかじゃ、辰巳さんの迷惑になるというか……」

「どういうこと? そんなわけないよ。俺は美穂さんと過ごせて、こんなに幸せなのに」

「言ってなかったけど、借金があるの。死んだ父親が作った借金。そのせいで高校に通えなくなって、それ以来ずっと、その借金を返すためだけに働いてきたの。だから、私は辰巳さんにふさわしくないんです」

静かなエンジン音にすら掻き消されてしまいそうな美穂の声はひどく震えていた。

「そうだったんだ……」

辰巳の顔は見れなかった。だからその息を吐くような声がどんな感情をにじませているのか分からなかった。

「はい。だから、私なんて……」

「なら、その借金、俺が返すよ」

「へ?」