電話に出ると

電話が鳴ったのは、開店前の仕込みを始めようとしたころだった。時計を見ると、午前10時を少し過ぎている。

「……はい、小料理ふじでございます」

予約の電話かと思い受話器を取ると、相手は紋切り型の口上で社名を名乗った。他でもない、凛子の就職先だ。

「私、人事課の佐藤と言いますが、藤田凛子さんのご家族の方でいらっしゃいますか?」

「はい、凛子の母です。娘に何か……?」

「実は……藤田さんが、先週の月曜から無断欠勤しておりまして。こちらからの連絡にも応じておらず、ご実家で何かあったのかと……」

「え……?」

早苗は思わず取り落としそうになった受話器を慌てて握り直した。

「い、いえ、こちらには何の連絡もなくて……」

「そうでしたか……何かお心当たりは……」

言いながらも、早苗は内心では首を横に振る。そんなこと、あるはずがない。最後に連絡を取ったときだって、元気にしていたのだ。

「研修が終わって、明日からちょっと仕事忙しくなりそう」

「そう、頑張ってね」

「うん、ありがとう」

いつもと何も変わらない凛子との電話口でのやりとりを思い出す。

「……こちらからも連絡してみます」

会社からの電話を切ったあと、早苗はスマホを手に取ってすぐに凛子の携帯に電話をかけた。しかし長いコールがなるだけで凛子は出なかった。

早苗は、「本日、臨時休業いたします」と張り紙を書いて店の前に出した。そして、

店の電話を留守電に切り替え、割烹着を脱ぎ捨てて、タクシーで駅に向かった。