<前編のあらすじ>
結婚を焦っていた春菜(38歳)は、婚活パーティーで知り合った孝輔(40歳)と結婚した。東大卒で会社経営者、顔もスタイルも良くて、知的で自信に満ちあふれた孝輔は理想の相手だと思っていた。
しかし、結婚すると孝輔の態度は一変する。完璧主義者で、料理の味や掃除の仕方、言葉遣いまで徹底的に指導してくるようになる。さらに支配はエスカレートし、春菜の友人たちに対して「そんな人間と付き合うと格が下がる」などと言うようになる。春菜は孝輔の会社経営をサポートするために仕事を辞めていたため、どこにも逃げ場がなかった。
身勝手な孝輔は、春菜の実家の両親が送ってくる野菜を「処分しておいた。二度と送らないよう電話して伝えてくれ」と言って実家に電話をかけさせるが……。
●前編: 「焦って結婚しなければよかった」婚活で出会った“東大卒夫”のあり得ないモラハラ…アラフォー妻の「苦渋の決断」
両親になんて伝えたら…
呼び出し音が鳴っているわずかなあいだ、春菜は頭の中で何度もシミュレーションをした。両親の気持ちをどう傷つけずに、どうやってこの残酷な事実を伝えればいいのか。しかし考えがまとまらないまま、電話がつながってしまった。
一拍間を置いて聞こえたのは、父の明るい声だった。
「おお、春菜か! そろそろ野菜が届いたころだろ? 今年のかぼちゃは出来がいいぞ~」
その懐かしい声に、春菜の目に思わず涙がにじんだ。出来のいいかぼちゃはもう処分されていて、家にはない。もちろん孝輔が後ろで見張っているなか、そんな事実を伝えるわけにもいかなかった。
「……うん、ありがとうね。でも、ちょっとお願いがあって……今後はもう、野菜を送らないでほしいの」
一瞬、電話の向こうで沈黙が流れた。父はゆっくりと、しかし疑問を含んだ声で聞いた。
「どうして急にそんなことを……何かあったのか?」
「別に何もないよ。でも、もう冷蔵庫がいっぱいでね……2人暮らしだし、痛む前に使い切るのが大変だから……」
「そうか、俺も母さんも張り切って送りすぎたみたいだな。それで……何か他に困ってることは? 何かあればいつでも言えよ?」
父の言葉は温かかったが、春菜にはその優しさが余計に苦しく感じられた。
電話を切った後、春菜はしばらく立ち尽くしていた。孝輔は春菜が自分の命令を遂行したことを確認すると、さっさと自室へ引っ込んでいった。
こうして春菜の世界は、どんどん狭くなっていく。夫の支配から逃れる術は、もう残っていないかのように感じた。