「本当に大丈夫かな……」

夏芽は搭乗ゲート前の椅子に腰掛けながら、不安げに手元のスマホをのぞき込んでいた。表示されているのは、新婚旅行の目的地である沖縄のライブカメラ映像だ。画面の向こうでは灰色の雲が低く垂れ込めている。風の強さを示す旗は激しく揺れており、水平線からは白い波が次々と海岸へ押し寄せている。画面下のテロップは大型台風の影響を警戒した注意喚起が流れていた。

「大丈夫だよ、夏芽」

隣に座る夫の敦也が、夏芽の肩に優しく手を置いた。

「天気予報も午後には晴れるって言ってたし」

「そうだけど……」

敦也は気楽そうにほほ笑んでいるが、夏芽は気が気ではない。元々の予報では台風は夏芽たちの出発前に沖縄を過ぎ去っている予定だった。台風一過で快晴だと、2人でのんきなことを思っていたはずが、台風はいまだ沖縄本島周辺に居座っている。このままでは楽しみにしていた新婚旅行が台無しになってしまうかもしれない。そう思うと不安で仕方がなかった。

ようやくまとまった休みを取ることができた夏芽たちは、シルバーウィークを使って沖縄へ新婚旅行に出掛ける予定を立てた。人生初体験のダイビングは、夏芽が最も楽しみにしている予定の1つだった。

「せっかくの新婚旅行なんだから楽しまないとさ。沖縄に着いたら、きれいな海が待ってるし、おいしいものもたくさんあるんだから」

「うん、そうだよね……」

夏芽は笑みを返そうとしたが、まだ不安は消えなかった。昔から心配性で、ついつい物事を悪い方向に考えてしまう癖がある。そのせいで旅行の計画を立てるのも一苦労だった。旅先で財布を盗まれてしまうかもしれない。ロストバゲージが起きる可能性もある。知らない土地で敦也とはぐれて迷子になったり、万が一急病になったりした場合はどうすればいいのか。そんな不安が一度浮かんでしまうと、止まらなくなるのだ。

当初、新婚旅行は思い切ってハワイにでも行こうかと話していたが、夏芽が長時間のフライトや現地でのトラブルをひどく怖がったため、結局行き先は沖縄ということで落ち着いた。だが、国内旅行だからといって、夏芽の心配がなくなるわけではなかった。

大型台風の接近――それが今の夏芽にとって、目下の心配事だった。どうしてよりによってこのタイミングなのだろうか。ダイビングは無事にできるだろうか。海は荒れてないだろうか。そもそも飛行機は安全に飛べるのだろうか。次々に浮かんでくる不安は、夏芽の皮膚の内側にこびりついた。

「夏芽、俺がついてるから大丈夫だよ。ほら、何といっても強運の男だからさ。俺がいれば、悪いことなんて起こらないよ」

敦也は冗談っぽく笑った。そのおどけた様子に、夏芽はようやく肩の力を抜いて表情を和らげることができた。数か月前に挙げた結婚式の日も、梅雨時期にも関わらず、天気予報に反して見事な快晴となったことを思い出した。そのときも敦也は、「俺は強運の晴れ男だから」と得意げに笑っていた。敦也に大丈夫と言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議だった。

「それにさ、台風は動いてるんだろ? 俺たちが着くころには入れ違いになってるよ」

「ありがとう、敦也」

夏芽が小さな声で答えると、敦也は大きくうなずき、つないだ手をしっかりと握り直した。

「沖縄に着いたら、シークワーサージュース飲みたいなぁ」

夏芽は、夫の言葉に勇気づけられ、もう一度沖縄のライブ映像を見た。相変わらず暗い雲が立ち込めていたが、さっきよりも心なしか明るくなっているような気がした。