かけがえのない時間
康子はそれまでの働き方を変えることにした。もともと手際はいいほうだったから、仕事を抱え込みすぎさえしなければ、定時近くで上がることができた。もちろん上司にもその旨は相談し、職場の皆も快く協力してくれたことが大きかった。
今では毎日、李菜を迎えに行くことができるようになった。
「李菜、お待たせ」
教室に顔を出すと気付いた李菜が駆け寄ってくる。
「ママ、遅いよ~」
文句を言いながらも笑っているのがとてもかわいい。
手をつないで家までの道を歩く。道中では保育園で起こったことを李菜が話してくれる。楽しかったこと、面白かったこと、うれしかったこと。ついこの前までの康子なら、きっと気づくことができなかった李菜の成長を感じることができる時間だった。
仕事も育児も、誰かと比べたり、誰かに勝とうなんて思いが間違ってると分かった。李菜の幸せのためにやれることに全力を尽くす。それが、自分のやるべきことだとようやく気付いた。
「ねぇ、今日は商店街のお肉屋さんで唐揚げ買って帰ろうか」
「え、ほんと⁉ やったーっ!」
康子は李菜を抱き上げる。健やかに育つ、この世で最もいとしい重みを両腕に感じていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。