母の何気ない一言が…
佳則たちは大型連休を利用し、美波を連れて実家に帰省をしていた。久しぶりに母に美波に会えた母は、佳則にも負けない溺愛ぶりで、奈々子はその様子をうれしそうに見守っている。
「かわいいわね~、将来はアイドルかな、女優さんかな? どっちがいいですか~」
そう聞かれてもとくに美波は反応しない。ただうれしそうに笑っている。
「母さん、気が早いよ」
佳則がそう言うと、隣の奈々子が吹きだした。
「え、何?」
「いや、あなたも同じこと言ってたから」
「え、うそ。俺、そんなこと言ってた?」
奈々子は人さし指で涙を拭く。
「言ってた言ってた、ほんとにそっくりな親子ですね」
そう言われて母はまんざらでもない顔をしながら、美波に顔を近づける。
「でも、美波ちゃんはパパと顔が似なくて良かったね~。ほんとお目々ぱっちりで良かったわね~」
母の言葉に佳則は笑う。
「おいおい、わが親がそんなこと言うかね? 俺にだって似てるよな、奈々――」
佳則はそこで奈々子に笑いかけて、しかし言葉を飲んだ。いつも柔らかい奈々子の表情が、どことなくぎこちなく引きつっているように見えたからだ。
「奈々子……?」
奈々子はわれに返り、またいつものように笑って佳則を見る。
「え、な、何?」
「いや、大丈夫か?」
「ああ、ごめんね。ちょっと最近、寝不足だったから……」
奈々子の言葉が佳則にはどうしても、何かをごまかしているように聞こえていた。前からうすうす思っていたことだが、美波は佳則に似ても似つかない。女の子は父親似になると言われていたりもするが、美人な奈々子に似たほうが美波も幸せだと思うから、それはいい。
気になるのは、目元がどちらにも似ていないことだった。もちろん佳則や奈々子の両親とも違う。そんなことを考えるたび、良からぬ考えが頭をもたげる。それをあり得ないと否定する。その繰り返しだった。
「ねえ、話聞いてる?」
「え?」
気付くと、リビングで奈々子が洗濯物を畳んでいた。
「さっきから私の話、全然聞いてなかったでしょ?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
佳則が正直にそう答えると、奈々子は笑って立ち上がり、佳則の背後へ回る。
「疲れてるんじゃない? ほら、肩やばいよ」
奈々子の指が佳則の肩の筋肉を押した。凝り固まった筋肉はほぐれていくのに、佳則はそのぬくもりに身をゆだね切ることができない。
全ては疑惑のせいだ。
このままではダメだと思った佳則は血縁関係を調べる方法を検索した。よく刑事ドラマなんかで見かけるDNA鑑定が、3万円程度で個人でも利用できることを知った。小遣い制のサラリーマンにとって、決して安い額ではなかったが、奈々子への疑念をなくし、この幸せを続けていくためなら安いものだった。
申し込んだ検査キットを郵便局留めで受け取った。説明書に従い、佳則はこっそりと美波の毛髪を入手して、祈るような気持ちでDNA鑑定に出した。