一人息子のために「何も知らないふり」をする茉奈
だからこそ、隼人には絶対に自分と同じような思いはさせたくない。隼人が医学部に行きたいのなら、学費は何としても用立ててやりたい。医学部は実習が忙しいと聞くし、私のようにアルバイトに追われる学生生活は送ってほしくない。
夫の浮気相手のソムリエールには、大手の飲料会社で重役を務めるパトロン兼愛人がいると聞いたことがある。夫とは所詮、一時の火遊びに過ぎないのだろう。それならこちらも腹を括って夫が戻ってくるのを待つしかない。
隼人に食後のココアを入れている時、携帯が震えた。夫からのメールだ。
「長っ尻のお客さんがいて店が閉められない。今夜は遅くなるかも」
大方、ソムリエールが来ているのだろう。月曜日、彼女の店はお休みだ。
「無理しないでね。帰宅する時に連絡して」
何も知らないふりをして、そそくさとメールを返した。
※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。