不登校になった理由
麻友が買い物を終えて帰宅をすると、マンションの前に博樹の姿があった。
「あ、ごめんね。今日も届け物を持ってきてくれたの?」
「そ、そうです」
「ホントにいつもいつもありがとうね」
普段なら博樹はそこで帰るはずだった。しかしその日は初めて、博樹のほうから話しかけてきたのだ。
「おばさん、あいつ、元気なんですか?」
「あ、うん、元気よ」
麻友は乾いた笑い声を出す。
「……あいつが学校に来なくなった理由って分かりますか?」
「え? いえ、何も聞いてないわ」
すると博樹の顔が険しくなる。
「俺が勝手に言っていいことじゃないかもしれないですけど、あいつ、寡黙で運動もできないし、勉強もできないから周りからばかにされてたんです」
「そ、そうなんだ……」
麻友もそのことにはなんとなく気づいていた。
「その中でも悠輔のことを特にばかにしている男グループがいて。いつもはただ黙って耐えてただけなんですけど、あの日は違ったんですよ」
「何かあったの?」
「そのグループのヤツが、悠輔のお父さんのことをイジったんです」
「え……」
「お前も父ちゃんみたいに壁に突っ込め、だっせえ、って笑いながらイジったんですよ。そうしたら、悠輔、獣みたいに叫びながらそいつらにつかみかかったんです」
「それ、問題にならなかったの?」
「昼休みだったし、俺たちで止めに入って。でもそれから悠輔、学校に来なくなって……」
「そう、だったの……」
「多分、あんな騒動を起こしたから、来づらくなったんだと思います」
初めて聞いた話でまだ麻友は話を飲み込めていなかった。
「でも、すげえカッコよかったです」
そこで思わず顔を上げた。
博樹は照れくさそうにしながらも言葉を必死で紡いでいた。
「俺、あんな風に親をばかにされて、怒れるあいつがスゴく格好よく思えて。だから、もし悠輔が学校に戻ってこれんなら、俺もできる限りのことはやってあげたいと思ってるんで」
そう言い残すと、博樹は走って去って行った。
その背中を見て、麻友はとても温かい気持ちになる。悠輔は子として、そして友として、戦ったのだ。あの子は誰かを守るために戦える優しい子なのだ。
麻友は家に帰り、そのことをドア越しに悠輔に伝える。
「学校で友達とけんかしたこと、聞いたわ。今まで何も知らなくてごめんね。悠輔がつらいのも分かってて、そっとしておくことが悠輔のためなんだって思ってた。でも、やっぱりそれじゃ寂しいよね。家族だもん。だからこれからのこと、ちゃんと話して考えよう。私、あなたのやることなら何でも応援するつもりだから」
ドアの向こうから返ってくる声はなかった。
しかし麻友は決めたのだ。和志の死と、息子の未来に向き合うと。