家族の食卓
炊き込みご飯、唐揚げ、たいの煮つけ、肉じゃが、千切りキャベツにごま油をかけただけのサラダ――。
普段の食事を外食かコンビニかアルコールで済ませる春樹からしてみれば豪勢すぎる料理が次から次へと食卓に並ぶ。
「春樹も40だもんな。随分老けたもんだよ」
「アニキだってもう立派なおやじじゃねえか」
「あら、でも写真よりはすてきよ?」
「は? 写真?」
「母さん、お前の店のSNSチェックしてるんだよ。たまに店員のコーディネート写真とか上がってんだろ、あれだよ」
「はぁっ⁉」
「誠子さんに登録を手伝ってもらったのよ」
台所から盆に乗せたみそ汁を運んできた母は得意げな表情だった。
ちなみに誠子さんというのは芳樹の嫁のことだ。普段はこの家に一緒に住んでいるが、今日は家族4人水入らずで楽しんで、と2人の娘を連れて実家へ帰っているらしい。
「今度から別のスタッフに頼むことにするよ」
「あら、残念」
食卓の温度にほだされたのか、そんな気安い会話が思わずこぼれていく。
だがそんなものはまやかしだと春樹は知っている。母が芳樹に「お父さん呼んできて」と告げた瞬間、春樹の全身は忘れかけていた緊張感を思い出す。
間もなく居間へやってきた父は春樹を一見するや、何も言わず自らの定位置へ腰を下ろした。春樹の手のひらは暑くもないのに汗ばんでいた。車いすを使っていたり、点滴を手放せなかったり、もっと見るからに重病人らしい様子かと思っていたが、24年という時間相応に年を取ったこと以外の変化は感じられなかった。
春樹はどういうことだととがめる視線を芳樹に送る。しかし芳樹は春樹に向けて神妙にうなづいたから、たぶん何も伝わってはいなかった。変わらず元気そうな父の姿に安心しているのか、それとも落胆と気まずさを抱いているのか、春樹にはよく分からなかった。
「さ、食べようぜ」
芳樹が音頭を取り、24年ぶりに家族全員が食卓につく。母が父にビールを注ぎ、芳樹が唐揚げを頰張る。小学5年にもなって春樹がおねしょをした話や、芳樹が中学のときに22人の女子に振られた不名誉な学校記録がいまだに破られていない話、2人の娘がパパと結婚したいと言っている話などを楽しそうに話している。母はそれに適度な相づちを打ちながら笑い、父は表情筋だけ先に死んだみたいな顔でたいの身をほじくり、水でも飲むみたいな勢いで酒を呷(あお)っている。春樹は炊き込みご飯のシイタケを避けながら、冷めた目で食卓を傍観し続けた。
まるで何もかもなかったことになっていた。春樹を殴りつけた父の拳も、春樹が父に向けて吐いた黒い言葉も、家の壁に開けられたげんこつの穴も、怒鳴り合う父子の横で流された母の涙も、父がガンで死ぬという話も、すべてがなかったことになっていた。
居心地が悪かった。茶番だと思った。
春樹は耐えられなくなって立ち上がる。母と芳樹が春樹を見上げる。
「どうしたんだよ」
「ガンだかなんだか知らねえけど、やっぱ俺はこの町もこの家も耐えらんねえわ」
春樹は二階の自室へと向かう。呼び止める母たちの声には応えない。電気もつけないまま、24年前と変わらないベッドの上に横になる。
子供じみていることは分かっていた。だが過去をなかったことにして笑顔を貼り付けるなんてこと、春樹にはどうしたってできなかった。
うつぶせに寝がえりを打ち、枕に顔を押し付ける。記憶よりもずっと爽やかな、真新しい柔軟剤の匂いがした。