浮気を疑う智也

話し足りなそうな合田さんを振り切って家の中に入ると、玄関で智也が仁王立ちしていた。

「お前、不倫してるのか?」

目が座っている。朝から強い酒をあおっていたのだろう。

「立ち聞きしてたの? 趣味悪い。誤解だって言ってるじゃない。あり得ない」

「色気づいて、髪型変えて……。俺が大変な時に彼氏とデートかよ」

「だから、そんなことないって」

「馬鹿野郎!」

いきなり拳が飛んできて、体が玄関のドアに叩きつけられた。背中に強い痛みが走る。

「何するの!」

智也は声にならない咆哮を上げると、狂ったように泣き出した。その間隙を縫って私は寝室に駆け込み、中から鍵をかけた。ただただ怖くて、ベッドの脇で足を抱えて震えていた。

夫婦を待つ地獄

それから何時間経ったのだろう。寝室の窓からは西日が射し込んでいた。

リビングを覗くと、智也が放心したようにソファに座っていた。その時に智也から、銀行のカードローンや消費者金融など1000万円を超える借金があることを知らされた。かつて立ち上げた会社の顧問弁護士に相談したら、「自己破産するしかないね」と言われたという。

 

これほどの多重債務を抱えていれば支払いの督促などもあったはずだが、極力智也を見ないようにしていた私は不覚にも気付かなかった。

「なんで? そんな大事なこと、全然話してくれなかったじゃない」

「経営者的に見れば、大した金額じゃないんだよ。新しい事業を起こせば、すぐに返せるはずだった」

改めて、この人は肩書の虚栄から未だ抜け出せていないのだと思った。

「今の状況でどうやって新しい事業を起こすわけ?」と尋ねると、「そうだな」と智也は力なく笑った。

それにしても、セレブになり損ねたどころか今度は多重債務者の妻とは。無間地獄はどこまで続くのだろう。不思議なことに、いかなる感情も湧いてこなかった。身勝手な智也への怒りや悲しみ、この先への不安、そして、監獄からの脱出が叶わなかった絶望……いろいろあるはずなのに。

警察に連行されたという陽太は今頃どうしているだろう。人懐こい笑顔が目に浮かんだ。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。