初めてのホストクラブ

店内は暗いのに、ギラギラと煌(きら)めいていた。三つ隣の若い女性客がシャンパンタワーを入れたらしく、店内は盛り上がっているが、冬美は緊張のあまりどこを見ていいのかも分からない。腰かけたソファはやけに柔らかくて、沈む身体をつかまえているようだった。

「亜紀子さん、今日はみんなで来てくれたんだ。うれしいよ」

祥馬が地面に片膝をついて、亜紀子にほほ笑む。みんなこういうところは初めてだからお手柔らかにね。分かりました、今日は楽しんでもらえるように頑張ります。祥馬は順番に冬美たちにほほ笑みを向ける。まるで王子様みたいだ。

「でもせっかくみんなで来てくれたから、寂しい思いさせないように、今日はこいつも一緒に座らせてもらっていいかな」

そう言って、祥馬はさらに若い、オオカミみたいな男の子を紹介した。

「瑠衣です。よろしくお願いします」

小さく頭を下げた男の子は「失礼します」と小声で言って冬美の隣に座った。渡してくれたおしぼりを受け取って手を拭いた。拭いても拭いても、汗をかいているような気がしてしまう。

瑠衣は祥馬とはまたタイプの違うホストのようだった。

髪は黒く、アクセサリーも左耳のピアスだけ。横顔はまさにオオカミみたいにしゅっとしていながらも野性味があって、クールな性分なのか黙っているとちょっと近寄りがたい雰囲気がある。

やがて亜紀子が頼んだフルーツとシャンパンが運ばれてきて、冬美たちは乾杯をする。

「なんて呼んだらいい?」

「えっと、鍋島冬美です」

「冬美さん、よろしくね」

祥馬と亜紀子を中心に盛り上がりだしたみんなをよそに、冬美は瑠衣と2人でひっそりとグラスを打ち鳴らした。手が震えてはいないか、心臓の音が聞こえたりしないか、冬美は生きた心地がしなかった。けれど同時に、これまで

「すごくきれい」

「へ?」

「手。冬美さんの手、すごくきれい。ネイルもセンスいいし、普段は本当に主婦さんなの?」

「は、はい。もう水仕事でぼろぼろで、今日みんなで遊びに行こうってなってから、毎日クリームとか、その、すごくたくさん塗りました」

言いながら、何を言っているんだと顔から火が出そうだった。まだまだ酔うほど飲んではいないのに、耳まで熱かった。

「かわいい……」瑠衣はぽつんと溢(こぼ)して、それから気まずそうに笑った。薄くてかたちの整った唇から、白い八重歯がこぼれた。

「冬美さんみたいな女の人に、かわいいは失礼だったよね」

「ううん。そんなことないです。すごく、うれしい。そんなこと、久しぶりに言われました」

頭がぽーっとしていた。飲みすぎたのだろうか。それとも変な薬でも盛られたのだろうか。けれどすぐにそんなことどうでもよくなった。熱くなる冬美の顔を、瑠衣は切れ長の目でじっと見つめていた。

「よかった。かわいくなる努力をしてる女の子ってすてきだし、それが今日ここに遊びに来るためにしてくれたことなんて、俺ってめっちゃ幸せ者だね」

幸せなのは私だよ――。

冬美が握りしめているグラスのなかで、シャンパンの泡がはじけていた。

 

●初めてのホストクラブで舞い上がってしまった冬美。このままハマっていくのでしょうか……?  後編「息子の留学費用まで使い込み… ホストにハマった主婦の“懲りない”末路」にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。