詩織の秘密

そんなある夜、愛梨を寝かしつけた詩織が深刻な顔で「相談がある」と言ってきた。

おずおずと差し出されたのは花林の時のような調査報告書ではなく、支払い督促状だった。850万円という金額に思わず目を見張る。

「好きなブランドの洋服や靴を買ったり、ママ友たちとネイルやエステに出かけたりしていたら、あっという間に貯金がなくなっちゃったの。軽い気持ちでキャッシングをしていたら、こんな金額になってしまって……」

詩織の指先に施された派手なネイルアートを見て、看護師時代から金のかかる女だったことを思い出した。なのに、家計のやりくりはほとんど詩織に任せきりだった。それなりにうまくやっているとばかり思っていたが……。

昔の俺だったら、850万円の返済など何とも思わなかっただろう。しかし、今は1億円の借金を抱える身だ。花林への慰謝料を肩代わりしてくれた親にはもう頼れない。


 

知り合いの弁護士に相談し、この部屋を外国人のビジネスマンに貸し出すことにした。毎月100万円の家賃収入が入るのは大きい。自分たちは、ここの半分の広さもない築20年の賃貸アパートに引っ越しだ。恥ずかしいので周囲には都下の実家に戻ると伝えている。

荷物を一切合切運び出した夜、後始末のために一人で部屋に残った。いつものグラスの代わりに紙コップでウィスキーをあおる。

外の天気は荒れ模様だった。この建物や医療センターの入るタワーに、強い風と雨が吹き付けている。これほど近くにいながら、地球の表と裏くらい離れてしまった花林との距離を思った。

5年前とは打って変わり、今は明日からの生活に不安しかない。見慣れた眼下の夜景が蜃気楼のように霞んだ。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。