全てトランプのせいだ⁈
4月に入り、トランプ関税に世界中が右往左往している。米国は厳格な三権分立制度の下、行政、立法、司法の権限が完全に分離しており、行政府の長である大統領は議会に対して責任を負うことなく大統領としての職務を遂行できるものの、立法に関する権限はなく、議会が作った法律に従って行政権を行使する。また、大統領には予算の提出権がなく、予算教書にて要望を議会に告げることが出来るが、実際の予算に関する権限は議会が握っている。こうした仕組みが備わっているはずなのだが、なぜ大統領が関税といった重要施策をいとも簡単に自由自在に操れるのだろうか。確かに、上院も下院も共和党が多数を占める「トリプルレッド」状態であり、共和党のイニシアチブが実現しやすい状況ではあるが、米国の議員には党議拘束がない。次々と発動される過激な大統領令が真に米国民の益になっているのか、冷静な目で評価する共和党議員もいるのではないか。独裁国家のように見える現状が腑に落ちないのは筆者だけではないだろう。
今回のトランプショックは、米国においてトリプル安(株安、債券安、為替安)を生じさせており、昨年以降、NISA制度を使って米国個別株や「オルカン」、「S&P500」といった売れ筋投信を購入してきた投資家の多くが含み損を抱えているものと思われる。投資経験の浅い投資家の方々は、市場変動の激しさに身震いしているのではないか。昨年8月にも株価が急落した局面があったが、一時的な市場流動性の低下が要因であったこともあり、その後の株価回復が早く様子見に徹した投資家が多かったと聞くが、今回の市場変動は、世界的な景気減速を引き起こすものであり、株価のさらなる下落や長期低迷、大幅な為替調整、スタフグレーションを懸念する声も大きくなりつつあり、投資行動を見直すべきか悩んでいる投資家は少なくないものと思われる。
こうした中、足元で大手ネット証券の投資信託の売れ筋に変化がみられる。昨年は年間を通し、海外株式投信が上位をほぼ独占していたが、4月には、積立設定件数などで金価格に連動する投資信託がいくつか上位に挙がってきた。従来、国内ETFでは純金上場信託が上位に入っていたが、いよいよ投資信託でも上位に食い込み始めている。なお、世界的に「有事の金」買いが見られており、結果として、金価格は(ドルベース・円ベースともに)史上最高値更新を続けている。ちなみに、「デジタルゴールド」と言われる暗号資産は、今年1月に史上最高値を付けたあと、2月に大規模なハッキング事件が発生したこともあり下降トレンドに入っており、残念ながらトランプ関税騒動にあっても「有事に強い暗号資産」の本領を発揮できていない。ただし、株式市場のようにドスンとした下落が見られないのは、オルタナティブ投資への期待感があるからかもしれない。
不安な投資家の皆さまに伺いたい「究極の問い」
こうした投資対象の見直しは投資経験をある程度積んだ投資家の行動かと思われる。景気の先行きが不透明さを増し、含み損が膨らむ可能性が高まる中、投資初心者の多くは「ここは一旦投資を中断すべきか、あるいは投資から完全に撤退すべきか」と悩んでいるのではないか。今のところ、証券業界からは投資の中断・撤退に至る投資家が急増しているとの話は聞こえてこない。それは業界を挙げて、長期・積立・分散投資の重要性を説き、投資家に冷静な行動を促している効果が出ているからだと思われるが、さらに株価が急落する、あるいは、ドル安が急激に進むなどといった局面では、ギブアップを真剣に考える投資家が増えてくるに違いない。
そうした投資家には、是非こう問いかけてほしい。「世界はこれ以上成長していかないのでしょうか」、と。もし筆者が、「あなたの答えは?」と聞かれれば、プラザ合意、ブラックマンデー、ITバブル崩壊、リーマン・ショック、コロナ・ショック、バーナンキ・ショック等々、社会人になって以降、大規模な株価下落や為替・金利変動を何度も経験してきた者として、自信をもって「一時的に低迷しても、それを乗り越え世界は成長していくと思いますよ。目先の動きを見て投資をギブアップするなんて、もったいない話です」と答えるだろう。今回も時が来れば元の成長路線に戻るはずだと信じている。また、積立投資においては、特に投資を開始してから間もない時期に下落局面をしばらく経験すると、その後の回復局面では、果実が大きく膨らむことは金融教育の場で語られるところだ。なお、生活資金を投資に回していると、含み損の痛みは相当なものとなる。時間を味方につけ、しばしの含み損に耐えるためには、投資を余裕資金で行うことが前提となる。
こうした中、足元の市場急変動を受け、国会においても「資産運用立国の流れに水を差すのではないか」と心配する声が出始めている。加藤金融担当大臣や金融庁幹部は、「資産運用立国の推進に当たっては、価格があるものについては上がったり下がったりするという中で、積み立てて長期的に運用していくということが、結果的に資産運用としては適切ではないかということを金融経済教育の中で、これからも繰り返し申し上げていきたい」と答えている。GPIFの運用成績の公表時にも見られるのだが、メディアや野党の先生方は、運用成績が好調な時はスルーするが、市場が急落し、GPIFが大きな含み損を計上すると、「運用を見直すべきだ」との声が上がる。長期分散投資の世界において、一時的な不調はつきものであり、あまり気にする必要がないことは、2001年に市場運用を開始して以降の収益率が+4.4%(年平均)、累積収益額で+168兆円(2024年度第3四半期まで)という素晴らしい成績を誇るGPIFが教えてくれている。