ジャパン・ファンドーーその言葉が持つ響きは、多くの人々の心を捉える力がある。公的資産を有効活用し、その果実を国民に還元するという発想は、閉塞感の漂う現代社会において、一筋の光明のように映るかもしれない。
しかし金融実務の視点から見れば、その甘美な響きの裏に見過ごせないリスクが潜むのも事実だ。
中道改革連合が提唱する「ジャパン・ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド。以下、「SWF」)の運用益を恒久的な財源に充てる」という政策は、一見すると合理的だが、その実現にはいくつものハードルが存在する。
世界のSWFは、その成り立ちと目的によって多様な顔を持つ。例えば、ニュージーランドのNZ Super Fundのような「世代間調整型」は、将来の年金給付に備え、短期的な市場変動に左右されない長期運用を重視する。アイルランドのIreland Strategic Investment Fund(ISIF)のような「戦略投資型」は、国内経済への投資を通じて政策効果と収益性の両立を目指す。そして、シンガポールのTemasekのような「国家資本運用型」は、政治から独立したプロフェッショナルな運用を徹底し、結果として国家財政に貢献する。
これらのSWFに共通するのは、市場リターンの不確実性を前提とし、長期的な視点に立って運用を行うという姿勢だ。顧客のポートフォリオを組む際に、短期的な変動に一喜一憂せず、長期的な視点を持つよう説くのと同じ論理が、国家レベルの運用にも当てはまる。
「年1%で5兆円」は何を意味するか
「500兆円を運用し、年1%の収益を得られれば5兆円の財源になる」という説明は、魅力的に聞こえる。しかし、これはあくまで平均値の数字遊びに過ぎない。
期待リターンと実現リターンは常に一致するわけではないし、評価益と実現益の違い、市況急変時の損失、為替変動、そしてテールリスクといった要素を考慮すれば、安定的な財源として期待するのは困難だ。
相場次第で揺れ動く財源を当てにするのは、財政運営として極めて危険な行為だ。それは、景気が良ければ出るボーナスを当てにして生活設計を立て、ボーナスが出なかった時に家計が破綻するのと同様の構図と言える。
政治からの独立性という難問
SWFをめぐる最大の課題は、政治からの独立性をいかに保つかという点だ。
運用益が減税や特定政策の財源と結びついた瞬間、その独立性は大きく揺らぐ。収益が不足すれば「もっとリスクを取れ」という圧力が生まれ、逆に含み益が出れば「今こそ使うべきだ」という政治的な誘惑が強まることは想像に難くない。
過去を振り返れば、政府系ファンドや公的金融機関が、短期的な政策要請によって本来の投資規律を歪められ、結果として損失を被り、そのツケを国民が負担するという事例は枚挙にいとまがない。年金積立金の運用や中央銀行の資産運用が、なぜ厳格な目的規定とガバナンスの下に置かれているのか、その理由を改めて考える必要がある。
「年金・中銀資産との一体運用」への懸念
さらに、GPIFの運用資産や日銀保有のETFなどを一体運用の対象とする点にも疑問が残る。GPIFの運用は年金受給者のためにあり、日銀のETFは物価安定のためにある。それぞれが、長い議論と制度設計の末に築かれてきた、目的特化型の資産だ。
インターネット上では、「現役世代が積み立てたお金を運用するGPIFが出した利益を、高齢者に恩恵の大きい消費税減税の財源に流用するのか」といった指摘があると聞く。
「何のために、いつまでに、いくら必要なのか」という目的を明確にし、その目的に応じて適切なリスク許容度と資産配分を決定するのが、資産運用の基本だ。目的が曖昧なままでは、どのようにリスクを取るべきか見えてこないだけでなく、国民の理解も得られないだろう。
壮大な構想こそ丁寧に議論を
日本の公的部門が持つ資産が省庁の縦割り構造の中で別々に運用され、利益を得られるチャンスを逃す機会損失があるという指摘は理解できる。公的資産の運用高度化や、縦割りによる非効率の是正自体を否定する必要はない。
しかし、その出口を安定財源の確保に定めた瞬間、ジャパン・ファンドは長期投資の器ではなく、財政調整の道具へと変質するリスクが高まる。
ジャパン・ファンド構想の実現に向けては、以下の課題・論点について、国民も巻き込んだうえで丁寧な議論が不可欠だ。
活用する資金と目的の整合性:どの資金を、どのような目的で運用するのか。それぞれの資金の本来の目的との整合性は保たれるのか。
一元管理の方式: 複数の機関にまたがる資産をどのように一元的に管理するのか。
運用体制: 政治からの独立性を確保しつつ、専門性の高い運用体制をどのように構築するのか。
運用益の還元のあり方: 運用益をどのように国民に還元するのか。特定の世代や層に偏ることなく、公平に還元する方法は何か。
ガバナンス(統治): 政治的介入を排し、透明性の高いガバナンス体制をどのように確立するのか。
ジャパン・ファンドは、日本の未来を左右する可能性を秘めた壮大な構想だ。だからこそ、その甘い響きに惑わされることなく、冷静かつ多角的な視点から議論を深めていくことが求められよう。

