2025年9月5日に金融庁で開催された「地域金融力の強化に関するワーキング・グループ」の初会合では、人口減少が不可避な日本において、地域経済の持続可能性と、その中で金融機関が果たすべき役割について、活発に議論が展開された。
1.地域金融の再構築
このワーキング・グループは、地方経済の衰退と人口減少が同時進行する中で、金融が地域社会にとってどのような貢献ができるのか、その公共的な役割を再定義する場として設置された。
会合では、まず、金融庁事務局が、これまでの政府の取り組みとして、銀行による地域商社設立や地域ファンドへの出資を可能にする業務範囲規制の緩和、企業の再生や事業承継を支援するM&A支援の制度化、そして担保に頼らない事業性評価融資など、地域産業の活性化に資する施策を着実に進めてきたことを説明した。
次に、地域金融機関を取り巻く厳しい環境変化について、人口減少等を背景として、地域金融機関の預金量は停滞しつつあり、特に信金・信組において、2023年12月以降、個人預金量が減少する機関数が、預金量が増加する機関数を上回っていること、そうした中、地域金融機関の規模(預金量)と経費率の間には負の相関関係があり、地域金融機関の経営状況に二極化の兆候が見えること、経費の中でも、サイバーセキュリティやマネロンといったリスク対応のコストが地域金融機関の規模等を問わず上昇しており、こうしたコストの確保が一部の地域金融機関にとって大変厳しい状況にあるとの認識を示した。
2.人口減少社会が突きつける課題
議論に先立ち、京都大学の森知也教授が人口動態の分析結果を説明し、今回の議論に重要な視点を提示した。年間90万人という驚異的なペースで人口が減り続ければ、半世紀後には日本の総人口は9,000万人を下回ると予測されている。この人口減少は、病院、学校、スーパー、交通網といった生活に不可欠なインフラの維持を困難にする地域を急増させ、都市機能の「集中と選択」が避けられない時代に突入していることを明確に示唆しているとの説明が行われた。
森教授は、持続可能な都市を「病院、学校、スーパー、交通網など、基本的な生活機能を維持できる地域」と定義。この基準で全国の自治体を分析すると、すでに半数近くが維持困難な状況に直面しているという実態を浮き彫りにした。
森教授の講演の核心は、これまでの拡大を前提とした社会システムから、縮小を前提とした社会システムへの転換の必要性にある。彼は「インフラ、行政、そして金融を一体的に見直し、必要なところに資源を集中させることが避けられない」とし、地域金融がどこまでを支えるべきなのか、その範囲を改めて問い直した。
これまでの金融機関は、地元の全域を分け隔てなく支えるという公共的使命感のもと活動してきた。しかし、人口減少が不可逆的に進行する中で、今後は、将来性のある地域や産業、あるいは特定の事業分野を見極め、資金や人材といった限られた資源を重点的に投入する選択と集中が、持続可能な地域社会を築く上で不可欠となるという厳しい現実を森教授は突きつけたのである。
3.委員からの提言
議論の後半では、各委員から、地域金融機関が持続可能な役割を果たすための大胆な変革への提言が相次いだ。筆者が気になった提言をいくつかご紹介したい。
大庫直樹委員は、現状のままでは地域金融機関の持続可能性は困難であり、広域統合こそが生き残りの道であると主張。従前の同地域内の統合に留まらず、隣県やさらに広域まで視野に入れた統合が、人口減少という構造的な変化に対応するための必然であると述べた。この統合は、単に規模を大きくするだけでなく、金融機関が持つ企画機能や支援機能を充実させ、ひいては銀行業高度化等会社の成功確度を高めることにもつながると指摘するとともに、統合によって生じる独占的市場における顧客便益や公正競争条件への配慮を求めた。
翁百合委員は、日本の成長戦略において地域金融機関が果たすべき役割の大きさを訴えた。特に、生産年齢人口の減少で人手不足がクライシスとなっている現状に対し、地域金融機関が中小企業・小規模企業の生産性向上やDX、人への投資を支援するという高付加価値コンサルティング機能を提供すべきだと提言した。翁氏は、単なる融資に留まらない、地域経済の根幹を支えるパートナーとしての役割を期待している。また、少子化対策として企業における仕事と家庭の両立支援を促すほか、金利上昇局面における協同組織金融機関の長期債券ポートフォリオのリスク管理状況をウォッチしていくことが重要であると述べた。
野崎浩成委員は、人口減少だけでなく、個人の行動変容や法人金融の構造変化といった、より広範な視点から地域金融の課題を述べた。「都道府県単位で地域金融を語る時代はもう終焉を告げつつある」として、大胆な思考の転換を促すとともに、預金が減少していくことを前提とした経営の必要性や、法人金融における非金融ニーズへの対応として、「ソリューションビークル」としての投資専門子会社の活用等も促した。さらに、経営資源が限られる中で、規模の経済や範囲の経済とは異なる「情報の経済」を基盤とした再編を提唱した。
4.議論の方向性
制度というものは、とかく完成度を追求するあまり、その硬直性を増しがちだが、今、地域金融に求められるのは、完璧なまでに作り上げられた堅牢な制度ではなく、変化の波を乗りこなすしなやかな制度設計ではないかと思う。
人口減少という避けがたい現実が迫る中、地域の姿も、そこで営まれる金融機関の数も、否応なく変わっていく。そんな時代にあっても、地域に暮らす人々の生活を守り続けるため、政府が果たすべき役割は、それぞれの地域が持つ固有の事情に応じた多様な選択肢を示し、現場での創意工夫を促すことであろう。
これからの議論は、地域金融機関の統合や再編といった、これまでの金融行政の枠組みに留まらず、地域社会そのものがどうすれば持続可能になるのか、という問いにまで踏み込んでいく必要がある。その際、政府は、地域ごとの事情に合わせた多様な選択肢を示し、現場の知恵を引き出す「調整役」に徹するべきだ。あくまでも、主役は地域金融機関だ。