J. フロント リテイリングでは2024年、企業型確定拠出年金(DC)で投資信託を選ぶ加入者の比率が82.5%に達した。この数字の実現を支えたのが継続投資教育であり、参加率は驚異の80%超えとなっている。業務時間内に職場を離れられない従業員が多い中、同社はいかにして参加率を向上させてきたのか。多くのDC担当者が直面する“参加率の壁”を乗り越えるヒントを聞いた。
百貨店事業で直面した集合教育の難しさ
当社は百貨店事業を中心に、SC事業、デベロッパー事業、決済・金融事業など多様な事業を展開しています。そのため退職給付制度も複雑で、グループ内で5つのパターンが存在しています。大きな流れとしては、従来の退職一時金と確定給付企業年金(DB)だけの制度から、DCを加える方向にシフトしてきました。例えば大丸松坂屋百貨店では退職一時金40%、DB30%、DC30%という構成である一方、グループ内の比較的新しい会社ではDC100%の制度を採用しています。
当社では2011年にDCを導入して以降、継続投資教育として隔年での集合教育に注力してきました。しかし百貨店事業では年々店舗の人員が絞り込まれ少数体制となっていく中で、次第に参加率低下が目立つようになりました。2014年には全国で115回もの集合教育を実施しましたが、それでも職場を離れられない従業員が多くいました。
お客さまへの対応を最優先とする百貨店ならではの難しさに直面し、「どうすれば受講率を高められ、かつ中身のある教育ができるか」が解決すべき課題として見えてきました。
各施策で心掛けたのは従業員の声に応える教育
まず対策として行ったのは、対面で実施していた集合教育をEラーニングに移行したことです。コロナ禍でオンライン研修への理解が深まっていたこともあり、スムーズに受け入れられました。コンテンツは30分程度で視聴できる内容にし、業務時間内の受講を推奨するフォローも行いました。その結果、2022年1月は87%、2023年1月は83%、2024年1月は82%と高い受講率を維持できています。
コンテンツ充実のために工夫しているのは、アンケートで受講者の意見や要望を把握することです。結果を次年度の教育に反映させ、質の改善を図っています。例えば「マッチング拠出の仕組みがよく分からない」といった声が多い場合、次年度はその部分を重点的に解説するようにしています。特にうれしかったのは、2024年1月のアンケートで「今回の教育を受けて商品を見直そうと思った」と回答した加入者が1,200人以上いたことです。
また百貨店従業員への社用スマートフォン貸与が決まった時には、事前に社内調整を行い、DCアプリをプレインストールしました。全員にIDとパスワードを再通知した後、個別メールや社内通達も活用し、DC口座とアプリの連携を根気強く促しました。現場管理者を巻き込み、未設定者に対して朝礼などのミーティングで声掛けをしたことも効果的でした。結果としてWEBアクセス経験者(累積)は、2023年9月末では50.1%だったところ、2024年9月末には78.2%まで増加しました。
またグループ人財政策部では月に1回「DC Monthly News」を発行し、加入者の知識向上・定着を目的にした情報提供を行っています(図1)。バックナンバーのアドレスを一覧にまとめており、加入者は興味のあるタイトルをすぐに閲覧できる仕組みです。マッチング拠出の申請時期や、運営管理機関から運用状況が届く時期には、関連情報を掲載するのが定番となっています。最近では「金利のある世界」をテーマとして扱い、金利上昇局面で元本確保型を保有するリスクを解説しました。少しでも興味を持ってもらうために、できるだけ時勢に合った情報を提供することを心掛けています。
図1:DC(確定拠出年金)Monthly News 2025年6月号
53歳在籍者向けの「マイライフプランセミナー」は、講師に社労士、ファイナンシャル・プランナーなど社外の専門家を迎え対面で実施しています。このセミナーは、各人がより充実したセカンドライフを過ごすために「健康・資産・生きがい」の視点から準備するためのものです。定年は65歳ですが、「資産形成の情報は早めに聞いておきたい」という声も多く、53歳在籍者を対象にしています。セミナーではセカンドライフ全般の話題を扱い、資産形成面では年金や社会保険の話とともにDCや個人型確定拠出年金(iDeCo)の税制メリットを強調し、自助努力の重要性を伝えています。社内システムでは退職金総額を確認できる仕組みが整備されているため、セミナーの中で確認を勧めることで、自身の資産状況に関心を持ってもらえるよう工夫しています。
加入者の8割以上が投信を選択、数字で実感する確かな手応え
2024年3月末の検証では、投資信託保有者が82.5%まで増加し、元本確保型のみ保有者は12.7%まで減少しました。コンテンツを作成している時には「どこまで見てもらえるだろうか」と心配に思うこともありますが、検証結果を見ると、教育を通じて知識が定着してきている手応えを感じることができます。
今後の課題はEラーニングの受講率をいかに高水準で維持していくか、知識レベルが高い加入者の参画意欲をどう高めていくかという点です。予算の制約もあり、すべての加入者に満足してもらえるコンテンツを用意するのは困難です。それでも、毎月のDC Monthly Newsで一歩踏み込んだ情報を届けたり、運営管理機関などが提供する外部のコンテンツを紹介したりしながら、工夫を続けたいと考えています。
制度やシステムの変化はチャンスに変えられる
DC担当者のみなさんにお伝えしたいのは、「社内の制度やシステムが変わるタイミングはチャンス」ということです。当社も社用スマートフォン導入のタイミングでアプリをプレインストールするなど、変化の機会を活用した取り組みが奏功しました。チャンスを見逃さず、加入者の関心を高める工夫を続けること。それが結果として参加率向上の近道になるのではないかと考えています。
会社概要 本社:東京都港区 業種:小売業 加入者数:4,696名


