佳作:「あなたが悪いわけじゃない」―その一言が教えてくれた長期投資
今から25年前、父から仕事内容を問われ、投資信託の販売であることを説明しました。すると父は「そんな仕事、やめなさい」と強く反対しましたが、当時の私はそれほど気に留めていませんでした。
当時、銀行では投資信託の販売に力を入れており、数多くの講習を受ける機会がありました。その甲斐あって、資産運用の必要性を強く感じていた私は、父の言葉を理解できなかったのです。父の世代にとって投資は一般的なものではなく、バブル崩壊の報道などから「投資は危ないもの」というイメージが強く残っていたのだと思っていました。
投資信託の販売を始めた当初の私は、投資経験の少ない方に対しても、毎月分配型の投資信託を中心にご提案していました。しかし、その7年後にリーマンショックが起こり、投資信託は基準価額を大きく下げました。
多くのお客さまが不安な表情で銀行の窓口を訪れ、このときになって初めて父の言葉がボディブローのように効いてきました。眉間にしわを寄せ、こんなに下がるなんて聞いていなかったよという表情を浮かべながらも、最終的に継続保有を選択された方。
その一方で、不安と不満で胸がいっぱいであったはずにもかかわらず、「しかたないわよ。あなたが悪いわけじゃないのだから」と気遣うように微笑みながら、解約の意思を変えなかったご婦人の姿は、今も私の胸に深く刺さっています。
この経験から私は、長期投資を続けていただくために必ず伝えなければならない大切なことを学びました。
それは、保有期間中には大きな下落が訪れる可能性があることを必ず丁寧にお伝えすること。そして申込金額が変動に耐えられる範囲なのか、リスク許容度を重視したご提案となっているかを、しっかりと確認することです。
多くの方と寄り添って、25年が経ちました。これから投資を始める方、NISA口座を利用する方に強く思うことがあります。それは資産運用とは決して富裕層だけのものではなく、コツコツと積み上げる、庶民の知恵の集合体であるべきだということです。
昨今のインフレや将来の年金制度など、多くの方が先行きに不安を抱えながら生活しています。その不安を和らげる一つの手段として、時間分散による長期投資があります。経済情勢に起因する下落局面においても、寄り添えるパートナーとして、冷静でいられる投資のあり方を、これからも丁寧に伝えていきたいと考えています。あのとき理解できなかった父の言葉の意味を、私は今も現場でかみしめています。
講評:投信販売は人生と向き合う仕事
25年間の実務経験に基づく深い内省と、リーマンショック時の痛切な顧客対応経験が長期投資の本質を説得力をもって伝えている。中でも顧客の言葉を通じて学んだ教訓は読み手の心に強く響く。父の反対という導入から現在の顧客対応姿勢へとつながる流れには、投信投資を通じた継続的な資産運用への深い視座が反映されている。投信販売という仕事を通じた顧客への真摯な向き合い方が伝わる。
