優秀賞:家族の笑顔を見るために
「僕のところには逐一、運用報告書を持ってこなくても結構ですから」
大口の投資信託を運用いただいているお客さまからの一言目は、新任挨拶に伺った私を拒絶せんばかりの強い言葉であった。
動揺とともに始まった訪問。ご自宅には上げていただいたものの、私は心の中で「早速、何か気に障ることをしてしまったのだろうか…」と思いを巡らせるのに精いっぱいであった。そんな私をよそに、お客さまはその後、ご自身の見識についてゆっくりと話してくださった。
「僕が投資信託の運用状況を見るのは年2回と決めているんです。お正月とお盆のそれぞれ1カ月前。孫へのお年玉とお盆のささやかなおこづかいのために、数万円だけ取り崩していますので、それ以外での報告は結構です」
「投資信託のことは、普段はできるだけ忘れていたいのです。お金のことに躍起になってしまうと、目的と手段を履き違えてしまいそうになるので」
そうして、今までの投資や銀行に対しての思いを語ってくださった。
昔はとにかくお金を増やすために、ファンドの切り替えも頻繁に行っていたこと。リーマンショック以降に運用を開始したため、どの運用も1年後にはほどほどの利益が出ていたこと。良い時期に提案してくれた銀行には大変感謝していることなど、熱心な投資家としての側面をのぞかせた。
そんな中、待望の初孫が生まれ生活が一変。お孫さんは幼い頃は体が弱く、父母・祖父母の二世帯総出で支え合いながら生活をしていたために、しばらく運用状況に目を通す余裕がなくなったそう。5年ぶりに運用報告を確認すると、意外なことに過去最高益をたたき出していたとのこと。
「このとき、ふと我に返った思いがして、今の投資信託はそのままにしようと決めたんです。僕の孫のためのおこづかいに変わったのも、これが契機だと思います。そう思うと、少しばかりの利益が出ればよし、残高が減っても成長の足跡を感じられるような気がして不思議と喜ばしい気持ちになるんです。それに、お金稼ぎが目的になってたのがよくなかったと反省しています。だから報告は少しにしてもらって、熱が入らないようにしないとね」
私は、お客さまの運用資金の利益ばかりに集中しており、「なぜ運用する必要があるのか」という一人ひとりの“目的”の深堀りができていなかったのだと今になって痛感した。
投資信託を目先の利益を積み上げるための手段でなく、家族の笑顔を見るための目的として活用する。このごく自然体な投資哲学に、私は感銘を受けた。
とある年の7月、“いつもの”一部解約手続きのためご自宅に伺う。半年ぶりの十分な利益が載った運用報告書を携えて。
「銀行さん、いつもありがとう。今日はいつもの金額より多めにお願いできるかな」
私が「もしかして…」と尋ねると、「春に二人目の孫が生まれてね」と笑顔が返ってきた。
講評:顧客が求める資産形成の真意への気づき
冒頭の否定的な言葉から始まる展開に引き込こまれる。顧客の「年2回だけ確認」「孫のおこづかい」という明確な目的に触れ、利益を上げることだけが目的ではないのだという気づきに至る過程が「長期投資」の多様な可能性を示唆している。エピローグの二人目の孫の誕生という結末も温かく、家族の幸せと顧客との信頼形成が重なる喜びが伝わる。
