企業型確定拠出年金(DC)における継続投資教育では、関心の低い加入者へのアプローチが大きな課題となっている。新宮運送では、個別面談の実施や確定拠出年金お助け隊の結成など、中小企業ならではの"顔の見える距離感"を活かしたサポート体制を構築。結果、元本確保型の残高比率は58.3%から30.1%まで大幅に減少するなど、着実な成果を上げている。
制度導入時の課題は加算拠出への抵抗感
当社の退職金制度は、中小企業退職金共済(中退共)とDCの二本柱です。以前は適格退職年金に加入していましたが、運用利回りなどを鑑み、2006年に中退共に移行。その後、2014年にDCを導入しました。
DC導入のきっかけは、法人契約をしていた生命保険の担当者から、「DCは大企業では採用され始めているが、中小企業ではまだあまり取り入れられていない」と話を聞いたことです。社内で検討したところ、DCは社員の老後資金準備を支援できる制度で、会社側にもメリットがあるという結論に至り、導入を決めました。
制度の運用を始める前には社員に向けて説明会を行い、社長からも「DCはみなさんが老後に備えるための制度。会社から掛金の拠出を行い、自身の給与から上乗せもできる」と導入までの経緯と想いを伝えました。その際、中退共は“退職時にもらえる給付金”、DCは“前払いの退職金”といったイメージで、二本柱で老後に備えていく重要性も強調しました。
当初は加入者に投資信託を選んで、加算拠出を行ってもらうことで、老後資金を最大化してほしいと考えていました。しかし、ここで最初の課題にぶつかります。実際に制度の運用を始めると、加算拠出する加入者がほとんどいなかったのです。事前説明で制度への理解を促したものの、実際の行動には結びつかず、加入者の理解が表面的なものにとどまっていたことを痛感しました。
教育委託先を再選定、継続投資教育の質を向上
課題意識を抱えながらも解決策が見つからない中、何かヒントが見つかればという思いから、大阪中小企業投資育成主催のセミナーに参加しました。「退職金制度をもっと充実したものに」というテーマで、その時、講師を務めていたのが、現在の教育業務委託先であるビギン・ワンです。
セミナー後に話を聞いてみると、「集合教育や個別教育を効果的に実施すれば、社員の理解を深められ、加算拠出も増やすことができる」という情報を得られました。当社としても教育支援の改善が最優先事項であったため、この出会いを契機に教育業務委託先をビギン・ワンに変更しました。以降、研修内容の検証や専門的な情報提供、関心度に合わせた個別面談でのフォローなど、さまざまな業務をアウトソースしています。
継続投資教育における代表的な取り組みは、年1回の継続教育セミナーです。当社のDCデータをもとに作成した動画を、加入者に就業時間内で視聴してもらっています。要望のあったテーマや誤解の多い知識を正す内容を取り入れ、毎年充実を図っています。
また“誰も取り残さない教育”の工夫として注力しているのは、ファイナンシャル・プランナー(FP)との個別面談です。加入後3年間は全員必須とし、それ以外の期間は希望制で実施しています。日時は総務部であらかじめ設定して通知するため、スムーズに面談までたどり着ける仕組みです。面談は継続教育セミナーを受講した後に実施しており、仮にセミナーで疑問点が生じていたとしても、時間を置かずに解消することができます。面談を担当するFPも、過去の面談記録から個人の関心度を把握しているため、本人のペースに合わせた的確なアドバイスを提供できる場になっています。
他にも当社ならではの施策として、「確定拠出年金お助け隊」があります。これは総務部の一部社員により結成された部活動です。加入者全員が専用サイトにログインできるように、パソコンが苦手なドライバーなどに対し、部員が手取り足取り指導しています(写真1)。専用サイトにログインできれば、おのずと運用状況を確認する習慣も身に付くため、関心度の向上につながっているようです。
総務部が毎月紙で発行している社内報では、DC資産の運用概況を発信したり、ビギン・ワン提供の資料を掲載したりして、頻繁にDCトピックを取り扱っています。
写真1:総務部社員によるサポートの様子
継続的な取り組みが生んだ加入者の意識変化
各施策による手応えとして実感しているのは、投資信託を選ぶ加入者が大幅に増加したことです。元本確保型の残高比率は、2014年の58.3%から2024年には30.1%まで減少しました。また最大の課題であった加算拠出の割合も改善しています。教育委託先変更直後は57%であったところ、直近では72%まで向上しました。今では給与天引きで積み立てができる仕組みを、多くの社員が肯定的に捉えてくれています。
また数字以外のところでも目に見える変化がありました。例えば社員同士が「どこの何の商品を選んだ」と話し合う様子が社内で当たり前に見られるようになりました。個人面談には家族と一緒に参加する社員も増えています。地道に施策を続けてきた結果、これまで資産形成にあまり興味のなかった層も巻き込んで、加入者の老後資産に対する理解度を格段に向上させることができました。
一方、現在の課題として認識しているのは、加入者の関心度合いが二極化していることです。毎年個人面談を希望する人もいれば、必須の回以外は全く参加しない人もいます。後者は単に興味がないわけではなく、積極的ではないことが原因だと想定されるので、今後対策を考えていく必要があります。
また、今後は加入者に老後資金全体のことを勉強してもらいたいと思っています。特に社会保険制度や税金の仕組みについて幅広く知識を習得してもらうことで、DCにおける税制優遇や、社会保険料への影響について理解が進むことを期待しています。
これらの課題に対して、具体的には毎年の個人面談の機会をうまく活用していくつもりです。個人面談への参加率を上げるため、より多くの加入者が「面談を受けてみよう」という気持ちになるような情報提供の工夫も検討していきます。
企業規模・業種に合った工夫が成功の鍵
DC制度を導入している企業は、規模も業種も異なり、100社あれば100通りの工夫の仕方があると思います。当社の場合は加入者の顔が見える距離感を活かし、一人ひとりに寄り添ったサポートを提供することが効果的でした。
どの会社にも、自社に合った工夫の仕方があるはずです。「こういう方法がいい・悪い」と一概に決めつけるのではなく、それぞれの会社で最適なやり方を試行錯誤しながら見つけていくことが大切だと感じています。
会社概要 本社:兵庫県たつの市 業種:運送事業 加入者数:83名



