リスク管理は盤石に見えたが…
中堅の暗号資産交換業者が、482億円相当のビットコインが同社ウォレットから不正に流出したと発表した。同社の顧客口座数は37万(2023年3月期)、過去3年間(2021年3月期~2023年3月期)の当期純損益は、+22億円、+10億円、▲15億円で推移しており、業容の割にケタ違いの流出額となっている。
金融庁は同社に対し、資金決済法に基づく報告徴求命令を出し、原因の究明と顧客の保護を求めた。同社は顧客の預かりビットコインについて、グループ会社支援のもと調達を行い、全額保証することを表明した。こうした迅速な対応もあり、今のところ、業界や顧客の間では大きな混乱や動揺は生じていないようだが、少なくとも暗号資産の投資家は、口座開設先がこうした巨額の損失に耐えうる社・グループなのか、今一度確認すべきものと思われる。
日本では、2014年に当時世界最大の規模を誇った交換業者から480億円相当の仮想通貨が不正流出したのを始めとして、2018年には大手交換業者から580億円相当が不正流出、その後2021年まで数十億円~100億円規模の不正流出が相次いだ。
こうした事案を踏まえ、法令改正による暗号資産の規制および業界団体による市場の健全化の取組みが順次行われてきた。例えば、暗号資産の流出リスクへの対応として、ネット環境から遮断されたコールドウォレット管理が原則義務化(2020年5月施行の資金決済法改正)され、今回の事案が発生した社においても顧客資産の95%以上をコールドウォレットにて保管・管理し、ネットに接続されたホットウォレットへの移動時には取締役を含む2名以上の承認を必要とする運営を行っていた。
さらに同社では、外部への暗号資産の出金に際しても、事前登録のウォレットのみに対して送金を可能とするほか、ウォレット登録や出金依頼に際しては2段階認証で顧客の意思確認を実施し、取引処理には複数人の関与を必須とするなど、相応のリスク管理体制を構築していたようだ。
それでも多額の不正流出が発生した。手続き通りの厳格な運営が行われていなかったのか、あるいは、内部に協力者がいたのか。今後の原因究明が待たれるところだ。個社の問題であればまだしも、仮に業界と当局が一緒になって長い年月をかけて構築してきた管理体制に脆弱性があり、そこを突かれたのであれば、業界全体で徹底して体制を見直す必要がある。信用回復にはそれなりの時間とコストがかかることになる。
こうした中、米国では今年の1月に米国証券取引委員会(SEC)がビットコイン現物を裏付け資産とするETFの上場を承認して以降、iShares, Fidelity, Invesco など大手の資産運用会社が続々とETFを上場させており、マネーが大量に流入している。また、カナダやブラジル、オーストラリア、香港、タイなどでも暗号資産ETFの上場が承認されており、世界的な動きとなってきている。
「暗号資産ETF」のほうが投資家が安心しやすい
ETFの登場により、投資家は暗号資産交換所に口座を開かなくても間接的に暗号資産に投資しやすくなったほか、SECなど行政当局の監督下にある証券会社において預かり資産の分別管理が徹底されるなど、流動性や透明性、安全性が高まったため、これまで投資家保護に不安があるとして暗号資産の現物取引を控えてきた個人や機関投資家のマネーが流れてきており、価格も上昇傾向にある。
他方、我が国では投信法において暗号資産が投資信託の投資対象資産である特定資産に含まれておらず、金商業者等向け監督指針において非特定資産等に対する投資信託の組成及び販売が制限されているため、暗号資産を投資対象とする投資信託(ETFを含む)は存在していない。
一方、暗号資産交換業の自主規制団体である日本暗号資産取引業協会(JVCEA)の公表資料によると、国内の暗号資産口座数は4月末時点で1千万を超えたという。過去1年間で約300万口座増えた。また、月次の現物取引高は1兆6千億円強、証拠金取引高も1兆円強に達しており、足元で暗号資産取引の裾野はかなりの広がりを見せている。
このタイミングで不正流出が発生したことは、地道に利用者保護や市場の健全化に取り組んできた暗号資産交換業界にとって残念至極であろう。暗号資産の現物管理の難しさがあらためて浮き彫りになり、安全性の確保が最重要課題となった。やはり、我が国でも、より安全性の高い暗号資産ETFへの解禁に向けて、真正面から検討を進める時ではないかと思われる。
暗号資産ETFの安定化に欠かせない税制改正
なお、我が国の暗号資産交換業界としては、もし、国内で海外の暗号資産ETFの流通や暗号資産を原資産とした ETF の国内組成が認められ、これらの取引から生じた所得が分離課税の対象とされるのであれば、暗号資産の現物取引も総合課税の対象から分離課税の対象に変更すべきと主張している。彼らは、ETFと現物とで税の不均衡が生じれば、一般投資家がETFに流れるため、現物市場の流動性が枯渇し、国内暗号資産ETFの組成をも著しく困難にすること等を懸念している。
この点は、自民党デジタル社会推進本部のWEb3プロジェクトチームが2024年4月に公表した「web3ホワイトペーパー」でも言及されているところだ。筆者としても、国内の暗号資産業界の育成・発展、ひいては、国内投資家の投資機会の拡充のためには、単に海外業者組成の暗号資産ETFばかりが取引されることのないよう、各種手立てが必要ではないかと思う。
我が国では、暗号資産は「仮想通貨=資金の決済手段」という建付けから法整備が進んだ。確かに当初は決済手段として活用されたこともあったのだろうが、今や取引の大半はキャピタルゲインを追求する投資を目的としたものであり、多くの投資家は金融資産と見なしている。
また、近年、地政学リスクの高まりなどによりインフレが顕現化する中、インフレヘッジツールとして暗号資産をポートフォリオに組み入れる動きも出始めている。しかしながら、金融庁の関係者と意見交換すると、彼らは「価格変動率が高く、ハッキングによる不正流出リスクやマネロンリスクも懸念されるところ、暗号資産が『成長と分配の好循環の実現』に資する資産とはまだ言い切れない」とあくまでも慎重な見方を示している。
暗号資産を取り巻く世界的な潮流を考えれば、我が国においても暗号資産を金融資産と見なし、ETFの解禁や税制改正などの検討を進める時期に来ているように思う。そのためにも、今回の不正流出の原因究明を急ぎ、必要な対応が迅速に図られることを切に願っている。