投信窓販における収益性と顧客本位の両立をどう考えるか
森脇氏
金融庁は『令和6年度金融庁政策評価実施計画』において、顧客本位の業務運営に関して「リテールビジネスの損益状況や金融商品ごとの獲得手数料等にも着目しながら対話を行う」と述べられています。この発表を受けて、業界では投信窓販業務の採算性がチェックされるのではという懸念があります。そのため、収益性を見込めなければ撤退するしかないのでは、と考える向きもあるようです。
実際のところ、つみたてNISAの推進などは金融機関にとって決して儲かるビジネスモデルとは言えません。それでも、地域金融機関にとっては地元の顧客の豊かさが金融機関経営の根幹を支えるという前提や、あるいは金融の持つ公共的な性格から、たとえそれ単体では採算がとれないものであったとしても、金融機関の取り扱う業務全体での持続性を図れるのであれば、投信窓販業務を含むリテールビジネスを続けるという経営判断はあってしかるべきものと思うのですが、いかがでしょうか。

今泉氏
NISAを導入するかどうか、そもそもリテールビジネスを手がけるかどうかも、全ては各金融機関の判断です。重要なのは、限られたリソースの中で、社会に対していかに付加価値を提供いただくのか、その前提として、持続可能なビジネスを築いていただけるかという点だと思います。
自社の収益のみを追求し、顧客の利益に適わないような営業が生まれる背景には、例えば、高額なコストを回収するために無理な売上を追う、といった事情があるかもしれません。ただし、たとえ短期的には赤字でも、中長期的に価値ある関係が築けるなら、それは意味のある「種まき」かもしれません。
こうしたことも含めて、社会に対していかに付加価値を提供いただくのかの観点から、各金融機関に考えていただくことが大切なことかと思います。こうして各金融機関さんが検討された結果を無視して、当局が各金融機関の個々の事業の箸の上げ下ろしを云々することは考えられませんので、そこはご心配いただくことではないのではないかと思います。
森脇氏
そもそも投信窓販は、目的が不確かなまま各金融機関が取り扱いをスタートし、その結果のひとつとして「回転売買すれば儲かる」といった誤った認識も生まれてしまいました。その後、お客さまの資産が増えていないという実態が明らかになり、ようやく「では、投信を自社のビジネスとしてどう位置づけるのか」が問われるようになりました。ただ、その議論はまだ曖昧なままです。
実際、金融機関の経営計画に「顧客本位」と書かれていても、それが収益モデルの中でどう意味を持つのかまでは示されていないところが少なくありません。投資提案関連で研修を受託する際、はじめに一般の資産形成層向けか富裕層向けか、どちらの提案が中心かをうかがうようにしています。つまり、投資信託の提案をそれ単体で儲かるビジネスとして考えているのかどうかをお聞きするのですが、収益性についてはあまり議論が尽くされていないように感じています。さらに現場の方々からは「NISAの積み立て投資自体は儲からなくて良いのですよね?」との声が出ることがあります。採算性の議論を先送りしてきた結果、現場がどう動いていいか分からなくなっていることもあるようです。現場が迷いなく動くために、まず経営として投信窓販の目的や位置づけを明確にしていただくことが必要だと思います。
今泉氏
昔は「住宅ローンならこの担当、保険なら別の担当」といった具合に、お客さま1人に対して商品ごとに対応が分断されていたのが、顧客の全体像を見ながら提案する、ライフプランに応じた課題解決をするスタイルに取り組まれる金融機関も出てきたと伺います。こうした転換が図られていく中で、リテールビジネス全体、顧客に提供する価値全体で採算性を考える動きにつながっていくのではないでしょうか。
森脇氏
今は各金融機関の投信販売の目標設定について利益相反防止の観点からさまざまな工夫、試行錯誤をしているように見受けられます。以前は販売額の多寡が自身の評価に影響することが多く「目の前の預貯金のなるべく多くを投資信託に振り向けていただく」という活動を行ってきたところが多いと思います。その背景には、投信販売のノウハウを証券会社から学んできた歴史も関係しているように思います。金融機関は本来、お客さまの預貯金の流れを把握できる立場にあるわけで、地域経済や家計全体のキャッシュフローを見ながら資産形成を支援するという、本質的な価値を発揮できるはずです。ビジネスモデルも、そこを起点に設計し直す必要があると考えています。
今泉氏
そもそも「投資信託で資産形成する」という考え方自体が、ようやく社会に根付き始めた段階ではないかと感じています。例えば、今と同じような物価上昇水準でもずっと預金金利が高く、預金だけで資産形成・資産管理できた時代もありました。しかし、今は、投資信託を資産形成の道具として真剣に扱う必要が生じていると思います。
その転機が、2014年のNISA導入だったと思います。政策の中で「資産形成」という言葉が使われるようになり、2024年の新NISAをきっかけに、一般の方々にその考え方が大きく浸透し始めたのではないでしょうか。
金融機関においてもこうした変化にビジネスモデルをまさに適応しようとされているのではないかと思います。
森脇氏
資産形成という言葉には、私自身とても敏感に反応しました。信託銀行で富裕層向けの業務に携わっていたときには、「貯蓄から投資へ」の流れと自身の携わっている業務に違和感はありませんでした。金利ゼロ、インフレ2%誘導、そしてNISAの導入と「貯蓄から資産形成へ」の流れの変化は、資金に余裕がある人ではない一般の生活者が投資をしなければ将来取り残される怖さを感じました。2018年に独立して今の仕事を始めることを決めたきっかけの一つです。
現在でも一般生活者への資産形成と富裕層への資産運用が混同されている現場も多く、現実的にはまだビジネスモデルとして明確に分けて考えられていないケースが少なくありません。研修で「資産形成と資産運用は別物です」と伝えると、現場の方々は腑に落ちる反応をされます。でも、その区別が経営レベルで設計されていないため、顧客本位の業務運営が迷走しがちなのかもしれません。
金融機関ごとに役割は違うのですから、「金融庁が言っているから」ではなく、自金融機関の地域やお客さまに最も適した戦略を構築すべきです。特に地方では、自分たちが動かなければお客さまには選択肢がないという現実もあります。
今泉氏
繰り返しになりますが、富裕層の方向けであっても、そうでない方向けであっても、それぞれの顧客の状況に適った商品・サービスを提供いただくことが重要ではないかと思います。一方で、「採算が合わないけれど頑張るべきだ」という精神論で進めても、営利事業である以上、却って別のところで無理な営業に走って帳尻を合わせることにもなりかねないかもしれません。地域におけるリテールビジネスには、地域銀行や信用金庫・信用組合の他にも、ネット証券を含む証券会社やメガバンク、ゆうちょ銀行などのプレイヤーもいらっしゃいます。そうした中で、限られたリソースをどのように付加価値につなげていくのか、特に規模の小さな金融機関にとっては難しい舵取りをされているのだと感じます。
FD宣言から8年──実践は進んだのか?
森脇氏
「顧客本位の業務運営(FD)に関する原則」が公表されてから、もう8年になります。多くの金融機関がFD宣言を出し、言葉としては定着してきましたが、その理念が本当に現場に根づいているのかは疑問です。金融庁としては、現状をどう評価されていますか?
今泉氏
顧客本位の業務運営を一層底上げ・定着する観点から、昨年11月に「最善利益勘案義務」が施行され、顧客本位の業務運営に関する原則の一部が法令上の義務として位置づけられました。
この背景には、有識者の議論の中で「FDはまだ道半ば」という意見が根強かったことがあります。例えば、仕組債の販売が急減すると、今度は外貨建て一時払保険が増えるといった動きがあります。果たしてこの短期間にお客さまのニーズが本当に変わったのか、顧客本位の提案を行った結果がこれなのか、販売動向の変化を見ると疑問が残ります。
必要なことは、顧客に対してどのような付加価値を提供するのか、という視点ではないかと思います。そうした視点に立つと、債券が売れなくなった代わりに、保険が売れ出すといったことはなかなか起きないのではないでしょうか。
また、顧客本位の業務運営を進める観点からは、「プロダクトガバナンス」の確保も重要です。投資信託の製造側と販売側が情報を共有し、実際に誰に売れているのかを把握し、製造側の意図通りに売れていなければ、販売の在り方や商品性を見直していただく。きちんとした価値提供につながる商品づくりが求められています。
森脇氏
内容が分かりにくく説明が難しい商品に対して、販売員の側にも「本当にこれを勧めていいのか?」と疑問を感じている方が少なくありません。
顧客本位の業務運営に関する原則が公表されて以降、各金融機関ではお客さまからいただく書類が増えたり、「お客さま本位で活動するように」と指示された結果、自金融機関が設定するたくさんのチェックシートに符合するように販売手順を踏まないと「当局から問題視されるのでは」といった不安があり、「売りたくない」「研修も受けたくない」といった声も少なからずあります。
今泉氏
まず、顧客本位の業務運営を確保するとは単なる法令遵守ではなく、「ビジネスの在り方」が問われるものであるということを考えていただきたいと思います。監督指針でも、最善利益勘案義務に関して、「社会に付加価値をもたらし、同時に自身の経営の持続可能性を確保していく」ために求められるものであることが書かれています。
つまり、行政処分を避けるためにルールを守るのではなく、顧客と金融機関がどうすればWin-Winになれるか、この点が、顧客本位の業務運営を確保することの意義であると考えます。
森脇氏
ルールベースで管理が強化されると、現場ではチェック項目や署名が増えて、「1件売るのに相当な時間がかかる」「3件対応したら定時には帰れない」といった声が出てきます。そうなると、「投信販売=大変で避けたいもの」という印象がついてしまいます。
本来であれば、「このルールはなぜあるのか」「どうすればお客さまのためになるのか」という視点で取り組むべきだと思うのです。
お客さまを知り、適切な提案をしていれば、自ずとルールに適合します。チェックシート類は手続きの終盤にお客さまと一緒に再確認しながらチェックをするものになるはずなのです。
今泉氏
顧客本位の業務運営が確保されているかどうかは、「その1件の販売が適正か」だけではなく、商品構成や営業体制など、ビジネス全体をどう組み立てるかに関わる問題です。
形式的なルール対応に追われて現場が疲弊し、かえって顧客対応が形骸化してしまうのでは本末転倒ではないでしょうか。
さらに言えば、販売員自身が資産形成を実践されていれば、顧客にとって望ましいことについての理解も深まるかもしれません。自身がその価値を実感しているものであれば、投資信託に対する印象も変わるのではないでしょうか。
森脇氏
最近では、若手の職員を中心に、NISAを利用しつつ資産形成を自ら始める人がとても増えています。実際にやってみて「これはいい」と感じた人は、自信を持ってお客さまにも勧められるようになっています。経営層の方々も、自金融機関の対面販売によって自身の投資を開始してみれば、ラインアップやルールなどを見直すきっかけにもなるかもしれません。
ただ、投信を取り扱っていない金融機関もあり、そうしたところではいまだに「投資=怖いもの」という認識が根強い。だからこそ、実体験の力は大きいと感じます。
それに、プロダクトガバナンスについても言えるのは、「そもそも販売側が顧客のニーズを把握できているか」が問われるということです。「上から言われたからやる」というスタンスではなく、現場が主体的に考え、意味ある仕事として取り組まなければ、本当の顧客理解にはつながらないのではと思います。