6月24日、新事務年度に向けた金融庁の長官、局長など主要幹部の布陣が公表された。長らく霞が関をウォッチしている筆者の感想を述べてみたい。
① 新長官 伊藤豊氏
最近の金融庁長官人事では、氷見野良三氏(2020年7月~21年7月)や中島淳一氏(21年7月~23年7月)、前任の井藤英樹氏(24年7月~25年7月)のように、監督局長を経験せずに長官となった事例が多かったところ、伊藤豊氏は、直前3年間、監督局長を務めたのちに長官に昇格した。埼玉県立春日部高校や東京大学(4年時は捕手・主将)にて野球に明け暮れたこともあり、ともに井藤長官を支えた1989年同期の油布志行企画市場局長、屋敷利紀総合政策局長よりも年齢が上であった点(61歳)が気がかりではあった。しかし、伊藤氏の経歴を見れば、主要メディアが評するように極めて順当な人事であると言えよう。
伊藤氏は1989年に大蔵省に入省後、証券局、銀行局、金融監督庁のほか、産業再生機構、東京証券取引所への出向など、幅広く金融関係の仕事に従事した。その後、財務省主税局の各課長を経験後、事務次官の登竜門と言われる秘書課長を4年間も務め、その間、森友学園への国有地売却を巡る問題等へ対応し、そのまま財務省の中枢メンバーとして力量を発揮するものと期待されていた。
ところが、2019年7月に自ら希望して金融庁に異動し、総括審議官や監督局長として監督業務に専念した。こうした経歴が金融業界や永田町において幅広い人脈作りに役立ち、野球部時代に培ったチームワークやマネジメント力も手伝って、ファンを増やしてきた。数年前に一部週刊誌であまり筋の良くない業者との関係を疑われたことがあったが大事には至らず、その後の手堅い監督行政が高く評価され、長官の座を射止めた。

最近の財務金融委員会(衆議院)や財政金融委員会(参議院)において、証券口座乗っ取り事案やいわき信用組合の不祥事案、スルガ銀行の長期化するアパマン問題などへの当局の対応について与野党より厳しい質疑が続いた。伊藤氏は監督局長として、丁寧に実情を説明する中で業界や当局双方の課題認識や対応方針を明確にしており、極めて安定感があった。
また足元で、金融庁では監督局長のもとに金融機関の検査の責任者である総括審議官を置き、監督局長が検査情報を統括することにより、監督と検査を一体的に運用する体制に移行するとの報道がある。従前の当局のモニタリング態勢に係る伊藤氏の問題意識が多分に反映されているのかもしれない。さらに、伊藤氏は、地域金融機関の持続可能なビジネスモデルについて経営陣と対話を重ねており、地域金融機関の再編にも意欲を示している。「地域金融力の強化」が加藤勝信金融担当相から金融審議会への諮問事項の一つとなっており、伊藤豊新長官の下、地域経済のさらなる活性化に向けた地域金融のあり方や地域金融力を推進していくための方策が続々と掲げられることになるのだろう。
② 新監督局長 石田晋也氏
監督局長には、総括審議官を務めていた石田晋也氏(1990年、旧大蔵省入省。東大経済学部卒)が昇格した。2001年に金融庁監督局に出向し、一旦、財務省主計局(主計官補佐など)に従事したのち、2006年より本格的に金融行政に取り組んできた。当初は総務企画局勤務が続く中、8年には茂木敏充金融担当相秘書官を経験するなど、永田町との関係を深めてきた。13年に銀行第二課長、15年に銀行第一課長に就任し、地域金融機関における事業性評価の浸透・定着などに注力した。その後、総合政策局にて総務課長や秘書課長を歴任し、監督局担当の参事官・審議官、総括審議官とステップアップしてきた。
今回の幹部人事において、1990年(旧大蔵省)入省では石田氏の他にも、総合政策局長に堀本善雄氏が、証券取引等監視委員会事務局長に斎藤馨氏が就任している。事情通の間では、石田氏が次期長官の筆頭候補と噂されている。パワーアップした監督局をうまく束ねていけるか、頑張りどころだろう。
③ 新総合政策局長 堀本善雄氏
上述の通り、総合政策局長には、政策立案総括審議官を務めていた堀本善雄氏(1990年、旧大蔵省入省。東大経済学部卒)が就任した。資産運用業界ではつとに有名な方である。入省後、米ハーバード大院に留学し、世界銀行審議役に就任したのち、2000年より金融庁に入り、監督局総務課、銀行第二課(地域銀行担当)、検査局総括補佐、総務企画局官房等を歴任した。福田康夫政権での首相補佐官秘書官を経るなど順調にキャリアアップしていたところ、2008年に民間のコンサルティング会社に転職して、一旦霞が関を離れた。
13年に当時の森信親長官に請われて金融庁総務企画局参事官(金融モニタリング担当)として出戻ると、監督局銀行第二課長、検査局総務課長、監督局総務課長等を歴任し、森長官の懐刀として地域金融機関のガバナンス強化等に注力した。その後、総合政策局審議官、監督局審議官を経て、2年前より総合政策局政策立案総括審議官として、資産運用立国の実現に向けた諸施策に率先して取り組んできた。多彩な人材を抱える金融庁とはいえ、一旦民間に転職したキャリアが出戻り、局長ポストに就くのは霞が関の人事としては異例である。堀本氏の実力が本物であり、優れた実績を積み重ねてきたからにほかならない。
また、関係者の間では、気さくに声がけでき、本音で相談できるキャリアとして好感度が高い。日銀出身ながら局長ポストに就いた前任の屋敷氏とともに新たなキャリアパスを示したことになり、民間などの外部からの中途採用者の多い金融庁職員の働く意欲向上にも資するのではないかと思う。
④ 新企画市場局長 井上俊剛氏
企画市場局長には、証券取引等監視委員会事務局長を務めた井上俊剛氏(1991年、旧大蔵省入省。東大法学部卒)が就任した。監督局証券課長、監督局保険課長、総務企画局信用制度参事官、企画市場局企業開示課長と、長官への登竜門となる各ポストを無難にこなし、企画市場局参事官・審議官を経て、2年前より証券取引等監視委員会事務局長に就いていた。証券課長、監視委員会事務局長を務めてきただけに、資産運用業界に精通するほか、信用制度参事官、企業開示課長を経験する中で、政策立案にも長けている。
自ら率先して話しかけるというタイプではないが、人の話をよく聞き、少し話をするだけで頭の回転の速い切れ者だということがわかる。1991年(旧大蔵省)入省組としては、今回、金融国際審議官に昇格した三好敏之氏がおり、今後、彼らが長官ポストを争うレースに加わるものと思われる。
以上、金融庁の新布陣を見てきたが、官邸の目玉政策である「資産運用立国」の達成を目指すうえでは、今回、総括審議官に就任する柳瀬護氏(1992年、旧大蔵省入省。東大法学部卒)の活躍にも注目したい。同氏は、上述の「地域金融力の強化」とともに加藤金融相の金融審議会への諮問事項である「暗号資産を巡る制度のあり方」の検討をこれまでリードしてきた方であり、業界関係者からの期待も大きい。
斯様に新布陣は強力だ。皆様が、いかんなく手腕を発揮されることを祈念している。