NISA・iDeCo改革や暗号資産ETFは、野党も異議なし?
7月20日の国政選挙により、衆議院・参議院ともに少数与党が確定し、日本の政治は大きな転換点を迎えた。新たに「グローバルvs反グローバル」といった対立軸が現れるなど価値観が多様化する中、社会の階層化や分断が進むとともに、企業や団体という組織ぐるみで特定の政党を支持するという時代が終焉に近づき、個々人がネット情報等を参考にして、自らの考えに近く、自らの利益に資する政党を支持するという動きが強まった。その結果、さまざまな政党に支持が分散し、欧州のように比較的大きな政党と複数の中小規模政党が併存する多党制の時代を本格的に迎えたように思われる。
6月までの通常国会においては、政府が政策ごとに(異なる)野党の案を鵜吞みにして国会審議を通過させる場面が散見され、少数与党の力の無さが露呈した。田中角栄は「政治は数であり、数は力、力は金だ」と言った。「力は金だ」はもはや世間が受け付けないが、政治を動かすには「数」が必要なのは今も不変であることを思い知らしめた。
一方の野党においては、一致団結して政権交代を図るという動きは乏しく、政権運営責任をあまり負うことなく、少数与党が提示する政策に是々非々で対応し、自党の政策を最大限受け入れさせる戦略を引き続きとるように見える。
参院選で躍進した政党が掲げる公約の多くは足元の課題解決を目指しており、必要財源は主に国債発行で賄い、将来期待される税収増で借金を返済していくといった類であり、期待先行の感がある。より現実的に、国民の負担が当面増す耳の痛い政策ではあるが、将来の安心・安全な国家作りのために必要不可欠な骨太の政策を論じるといった姿勢があまり見られないのは残念だ。加えて、野党間で政策の中身が微妙に異なっており、意見集約の動きも見られないとなると、今後、何も決められない国会となる恐れがある。筆者としては、中長期的な政策遂行には、やはり与野党で連立を組んで少数与党を脱するのが最善策だと思う。与党とともに真に政権運営責任を負う覚悟と実力のある野党が現れることを切に望む次第だ。
こうした中、気になるのは、今の政府・与党が唱える政策が順調に進むのかどうかだろう。例えば、資産運用業界においては、政府の骨太の方針に掲げられた、「NISAの利便性向上(対象年齢の見直し、対象商品の拡大)」、「企業型DC・iDeCoの運用改善や拠出限度額の引き上げ」、「金融資産やキャッシュフローの状況を容易に把握できる環境の整備」のほか、自民党の金融調査会等が提言した「暗号資産の業法変更(金融商品と位置づけ、税制・規制の両輪で環境整備を実施)」等の議論の進展度合いだ。
各党の公約を見る限り、これらの政策に異議を唱える党は見受けられず、審議はスムーズに進むものと思われる。中でも国民民主党は、今回の参院選の公約として、「低中所得者の老後の資産形成を支援する『個人年金積立金拠出制度』の特例検討」を掲げ、「本人(上限月間1万円・年間12万円)が拠出すれば国が同額を拠出することを検討する」と、より踏み込んだ政策を掲げるなど、個人の資産形成支援に前向きの姿勢を鮮明にしている。また、同党は「暗号資産を活用したトークン・エコノミーの支援」として、暗号資産に関する税制と規約の見直しや20%の申告分離課税、損失控除(3年間)の適用、レバレッジ倍率の引き上げ(2倍から10倍へ)、暗号資産ETFの導入等を掲げている。内容は政府・与党案と整合しており、これらの施策は実現する可能性が高い。
「与党と野党のバーター」という新たな政策力学
別途、筆者が注目するのは、昨年秋の衆院選の公約において、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党が揃って金融所得課税強化を唱えていることだ。特に立憲民主党と日本維新の会は税率引き上げに留まらず、総合課税化までも展望しており、より踏み込んだものとなっている。世界的に富裕層への課税強化が進められる中、我が国においても「1億円の壁」に代表されるように、「高所得層の税負担が相対的に低い要因となっている一律低率(20%)の金融所得課税を引き上げ、高所得層と一般の納税者の間の税負担をより公平にすべきだ」との声が高まっている。この案は過去にも政府内で俎上に載ったことがあったが、そのたびに株式市場の急落を招き、本格的な議論を断念してきた経緯がある。
近年、資産形成を促すNISAやiDeCoといった非課税制度が拡充される中、金融所得課税の強化は、その制度の限度額内に金融資産が収まる資産形成層(現役が多い)には影響がなく、限度額以上に金融資産を持つ、あるいは非課税制度を利用していない(できない)富裕層や高齢者の税負担を増やすことになる。また、長期積立投資を促すNISA制度が浸透・定着するにつれ、資産形成層の間では、一時的な株式市場の急落を冷静に受け止める、あるいは投資の好機と捉える投資家が増えてきている。今回の参院選では、現役(資産形成層)の支持を伸ばした国民民主党や参政党が大きく議席数を増やしており、筆者は、こうした政党においては、株価急落リスクを恐れて政策提言を控える動きが限定的になるのではないかと見ている。
なお、自民党の資産運用立国議員連盟が提言するプラチナNISA(高齢者に限定した対象商品の拡大やスイッチングの解禁)は高齢者のNISA利用を促す策であり、こうしたNISA拡充策とセットにして、金融所得課税の痛みを和らげるという手法をとってくることも考えられる。ちなみに、追加対象の商品として毎月分配型投資信託が噂されているが、金利ある世界が戻ってきていることより、日本国債の安定消化も兼ねて、公社債投信をNISA対象に加えることも考えてほしいところだ。
「パンとサーカス」の政策ばかりが先行すると、財政拡大懸念による日本売り(円安、株安、債券安)が本格化する可能性がある。選挙前より超長期国債の利回りが上昇してきているのは読者の皆様もご承知のことと思う。だが、金融所得課税強化だけでは、その動きを止めることは不可能だ。所得税、法人税、相続税、贈与税、消費税、酒・たばこ税、自動車税等といった税に加え、年金保険料、健康保険料、介護保険料、雇用保険料等の社会保険料を総合的に分析するほか、(日銀を含む)政府が保有する金融資産の有効活用も論点に加えて、最適解を見つける努力が求められる。
本来、政府が渇きを訴える人々に行うべきは、一過性のペットボトルの水(パンとサーカス)を与えることよりも、水源を整備し、井戸を掘ること(本源的な問題解決を図る施策)ではないか。日本が「国難」の状況にあるというのであれば、なおのこと、大局的・総合的な政策を議論すべきだろう。