損保会社から代理店への出向はアウトかセーフか
5月30日、国会において金融庁が提出していた「保険業法の一部を改正する法律案」が成立した。本法案は、2023年以降に発覚した保険金不正請求事案(ビッグモーター事件など)と保険料調整行為事案(仙台空港や東急等との共同保険など)の再発防止を図るため、顧客本位の業務運営を徹底し健全な競争環境を実現する観点から、大規模乗合の損害保険代理店及び保険会社等に対する体制整備を強化するとともに、保険契約の締結等に関する禁止行為について、対象となる行為等の範囲を拡大するというものである。
具体的には、まず、保険金不正請求事案を踏まえ、損害保険代理店のうち、複数の保険会社の商品を扱う(乗合)形態であって規模が大きい代理店(特定大規模乗合損害保険代理店)に対して、例えば自動車修理業などを兼業している場合に、保険金の支払に不当な影響を及ぼさないよう、兼業業務を適切に監視するための体制整備を義務化する。そのほか、営業所ごとに法令等遵守責任者を、また、本店等にその統括責任者を設置すること、苦情の適切かつ迅速な処理のために必要な体制整備を行うことを義務化した。
さらに、保険料調整行為事案関連を踏まえ、現行、保険会社や保険募集人が、保険契約者又は被保険者に対して、保険料の割引、割戻しその他特別の利益の提供を行うことを禁止していることに加え、保険契約者又は被保険者と密接な関係を有する者に対して、 取引上の社会通念に照らし相当であると認められない物品の購入や役務の提供といった便宜を供与することを禁止することとしている。
筆者は、法案成立に先立ち、参議院の財政金融委員会における法案審議の模様を聴いていた。通常、不祥事を踏まえた制度改正においては、野党を中心に厳格な対応を図るよう政府・当局に求めるパターンが多いところ、与野党問わず、(特に中小の)損保代理店の負担が大きくならないように業界を監督・指導すべきといった要請が相次いだ。本法案は、大規模乗合代理店を対象としているが、今のところ「大規模」という概念が不明確で、それなりの数の中小代理店が対応を迫られるのではないかと懸念しての要求であった。
例えば、金融庁が損保代理店に比較推奨販売を求めていることについて、自動車保険や火災保険などでは各損保会社の商品内容に大差がない中、比較推奨販売を行う必要性がどこまであるのかといった意見や、損保会社から代理店への出向者が契約者の個人情報を損保会社に漏洩していた事案を踏まえ、代理店から出向者を一斉に引き揚げる損保会社が現れる中、出向者が損保代理店の円滑な業務遂行に貢献しているケースもあるので、損保会社が極端な対応をとらないよう金融庁が監督・指導すべきといった意見が聞かれた。それらに対し、金融庁幹部は、各社が顧客本位の業務運営を遂行することを期待しているところであるが、比較推奨販売や出向者抑制を厳格に求めているものではない旨を説明している。
日本損害保険協会の公表データによると、2023年度末時点で、損保代理店は約15万、募集従事者数は約180万人存在する。一つの代理店あたりの募集従事者は、単純平均で12名程度となっており、我が国では中小規模の代理店が多いことがわかる。こうした中小代理店にとっては、大手損保会社からの経験豊富な出向者は業務上の重要な人材となっているものと思われ、出向者をすべて引き上げるというのは混乱を招く可能性がある。
したがって、引き続き、ある程度の出向は許容すべきかと思う。ただし、一連の不祥事案を踏まえ、日本損害保険協会が2024年9月に策定した「損害保険会社からの出向者派遣に係るガイドライン」に沿って、出向元の利益を優先し、情報漏洩や自社の商品を優先した営業を行うことがないように損保会社側と代理店側がそれぞれガバナンス強化を図ることが前提である。
一方、比較推奨販売については、保険内容や手数料は似たり寄ったりかもしれないが、保険適用事例が発生した際の対応の良し悪しなどの情報を各代理店は蓄積しているものと思われる。どの保険募集人においても、こうした顧客が把握しにくい情報を整理し、顧客ニーズに応じて比較説明することが求められるのではないだろうか。また、もし、特定の社の商品だけを扱っているというのであれば、何故、多くの保険会社がある中でその社の商品だけを扱っているのか、顧客に丁寧に説明すべきであろう。
証券口座、スルガ、いわき… 永田町からの追及やまず
ちなみに、通常国会の終盤にきて、頻繁に衆議院の財務金融委員会や参議院の財政金融委員会が開催され、省庁提出法案の審議に加え、色々な不祥事案に係る質疑が行われている。例えば、4月以降、野党を中心に証券口座の乗っ取り事案が取り上げられ、各証券会社や日証協、金融庁の対応の適切性に係る質疑が行われてきた。5月に入り、多要素認証の導入や被害補償の方向性が見えてくると本事案に関する質疑は下火になったのだが、別途、一部野党がスルガ銀行のアパート・マンション向け不正融資が発覚から7年経っても融資先との間で解決を見ていないことに関し、金融庁の監督・指導姿勢を厳しく質していた。
こうした中、2012年に公的資金を注入したいわき信用組合が20年以上にわたり迂回融資など不正行為を繰り返していたことが明るみになると、各党が一斉に金融庁の監督責任を問う事態となっている。なるほど、不正の巣窟とも言うべきいわき信用組合が、何故、20年以上にわたって不正行為を隠し通せたのか、筆者も知りたいところだ。上述の保険事案も含め、永田町では、当局のモニタリング強化を問う声が高まってきている。