著者
Campbell R. Harvey
マン・グループ インベストメント・ストラテジー・アドバイザー
金は単なるヘッジ手段なのか、それ以上の価値があるものなのか
1992年にイギリスのサフォーク州の農夫が、史上最大のローマ金貨を偶然発見しました。それは、サクソン人の侵略から逃れようとしたローマ人家族が埋めたもので、図らずも彼は危機に直面した人々が財産を隠した痕跡を発見したのです。この「ホクスンの財宝」と呼ばれる発見物は、1,600年もの間発見されることなく、埋もれていました。この家族が、自分たちの安全資産を使うことは二度とありませんでした。
現在、金を巡る議論は白熱しています。著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏は金を「恐怖を抱く人々が増えた時にのみ価値が上がる資産」として否定的な見方をしています。一方、世界最大級のヘッジファンドの創設者であるレイ・ダリオ氏は、通貨体制が崩壊しつつある現在において、金は「過小評価されている」と反論しています。
金は実質的には損失を生む資産なのか、資産保全の手段なのか、それとも価値を生み出すものなのか?答えは単純なものではありません。金を理解するためには、3つの問いを検証する必要があります。それらとは、①投資家はなぜ金を買うのか、②なぜ金の価格はこれほど奇妙な動きをするのか、③金の希少性は持続するのか、というものです。
金を保有すべき伝統的な理由
1. インフレヘッジ
古代バビロニア王の時代には金1オンスで350個のパンを買うことができました。現在の米ドルで換算すると1個約7.9米ドルと、高級なパン屋のパンの価格とほぼ同水準です。このように数千年後の今でも、金は同等の購買力を保っており、強力なインフレヘッジとして機能しています。
しかしながら時間軸が重要となります。20年未満の期間では、金のボラティリティはS&P500指数と同程度であり、信頼できる資産とは言えません。金が歴史的に購買力を維持してきたのは、長期に限定されています。したがって、非常に長期の投資軸を持つ投資家にとっては、金はインフレヘッジになり得るものの、短期的にはギャンブルとなる可能性があります。
2. 分散投資効果
金は株式投資のリスクの分散に有効であり、十分な実績も確認されています。ポートフォリオから損失を守る手段として、金は他の多くの資産クラスを上回る成績を残してきました。金と株式の10年間の相関はほぼゼロであり、株が下がっても金は影響を受けにくいということを示しています。しかしながら、この関係が常に成り立つわけではありません。10年未満の期間では、金と株が同じ方向に動くこともあり、いざという時に分散効果が機能しない可能性があります。
3. 市場危機への備え
過去11回の株価暴落局面のうち、8回で金はプラスのリターンを記録しました。マイナス・リターンとなった3回においても、株式ほどは大きく下落しませんでした。また高コストのプットオプションと違い、金は市場危機時だけでなく、平常時においてもプラス・リターンを獲得することが可能です。
非弾力的な特性
前述の通り、金の長期的な価格は非弾力的(訳注:価格変動に対して供給が反応しにくい)であるという特徴があります。「金は長期的に価値を保ち続ける」という「黄金の定数(golden constant)」と呼ばれる現象が存在するのです。
これはなぜなのでしょうか?金の採掘は困難で、コストがかかり、地理的に分散しています。世界的に見た場合、誰も産出量をコントロールしていません。最大の生産国である中国でさえ、採掘量の12.5%を占めるに過ぎません。
年間生産量はわずか3,300トンであるため、これまで採掘された金の総量は、銀などの他の貴金属と比較すると極めて少ないものです。すべての金を集めても、一辺23メートルの立方体(およそオリンピックプール1個分)に収まってしまいます。そして供給は価格変動にほとんど反応しません。
しかし、このような非弾力性がほぼ需要によって引き起こされる、短期的な激しい価格変動を生み出しています。この点を理解することは、短期・中期で金に投資するかどうか判断する上で役立つものと思われます。
金の実質価格は、株式の株価収益率(PER)にやや似ています。PERが非常に高い時には、株式の期待リターンは低くなります。なぜならば、ある程度の反転(平均回帰)が予想されるためです。同様に、金の実質価格が長期的には比較的一定であることを考えると、金の実質価格が高い場合にも、ある程度の反転が予想されます。
現在、金は原油、銀、銅と比較しても割高な水準にあります。過去のパターンから見ると、今後10年間の実質リターンは低水準あるいはマイナスとなることが示唆されます。しかしながら、脱ドル化や規制変更に伴う構造的な需要拡大が、歴史が示唆するよりも長く金の価格を支える可能性があることに留意する必要があります。しかしながら、現在の水準で金を購入する投資家は、今後の成長期待ではなく、安全性と不確実性への備えに対して対価を支払っている可能性が高いものと思われます。
「金の価値は一定」という法則は絶対ではない
「黄金の定数」は不変ではありません。2004年に金のETFが登場したことで個人投資家も機関投資家も簡単に金に投資できるようになり、溜まっていた需要が一気に解放されました。これが金の価格水準を構造的に押し上げました。
最近ではまた大きな変化が起きています。中国人民銀行が世界最大の金の購入者になっていることです。背景には、2022年に米国がロシアの銀行をSWIFT(国際送金システム)から締め出したことで、「米ドルが武器として使われる」という懸念があります。中国は米ドルへの依存を減らすため、各国と通貨スワップ協定を結び、外貨準備の多様化を進めています。その筆頭が金なのです。
今後さらなる変化が予想されます。銀行のバーゼルIII規制により、銀行が高品質流動資産の3%を金に配分するようになれば、金のETF登場時と同様に需要が急増する可能性があります。
一方で、金の希少性を脅かす要因として次の2つが浮上しています。そのひとつは、地球にほど近い小惑星「1986 DA」には、10兆ドル相当の価値があると試算されている、推定10万トンの金が眠っていることです。この小惑星は小さく(直径2.3km)、月に到達するのと同程度の燃料しか必要としません。米AstroForgeのような企業はすでに採掘計画を進めており、さらに近い小惑星「4660ネレウス」は、より簡単なターゲットであると考えられます。
第二に、核錬金術が進行中です。科学者たちは1980年にビスマスを金に変換することに成功しましたが、微量にすぎませんでした。金に最も原子番号が近い水銀は、安価で豊富に存在します。核融合技術が進歩すれば、大量の金を人工的に作れるようになるかもしれません。
これらが実現すれば、金の希少性プレミアムは減少する可能性があります。
黄金比(最適なバランス)
今日、金は割高であり、今後数年間で高水準のリターンが期待できる可能性は低いと思われます。またその希少性が脅かされるリスクも現実的なものとなっています。しかしながら、米国が38兆米ドルもの債務を抱えており、通貨が武器として利用される可能性があり、米ドルに対する信頼が損なわれている世界において、金は特別な価値を提供しているものと思われます。それは、政府も中央銀行も支配できない資産であるということです。
金の今後の期待リターンは低水準であるかもしれないものの、保険としての役割を果たす可能性があります。ホクスンの財宝を埋めたローマ人たちはこのことを理解していたと思われます。
このレポートは、マン・オルタナティブ投資シンポジウムでの著者を中心としたディスカッションに基づいて作成されたものです。ディスカッションは、2025年10月発行の「Understanding Gold」および2025年9月発行「Gold and Bitcoin」という2つの論文に基づいています。
本資料は情報提供および知識の共有を目的としたものであり、投資助言や特定の証券、戦略、投資商品の推奨とみなされるべきではありません。

