Q:職員「支店長! 金利が上昇しているのだから預貯金や円保険で十分です! お客さまにリスクの高い投資商品を提案する必要なんてないですよね?」
A: 支店長「私もそう思いますが、長期分散積立などリスクを下げた提案をしてみてください」
森脇's Answer:
今回のご質問もよくあるものです。実はこの質問から、この職員が投信販売業務を行うにあたり、いくつかの問題点を抱えていることを見て取ることができます。それらを押さえつつ適切に回答したいところですが、この支店長はそれに気付かないだけでなく、自身も同じ問題を抱えているようです。
今回の質問で押さえておくべきポイントは3つあります。まず、インフレについて理解すること、それも実務上で適切に判断できるように実感を伴った理解に至ることです。次に、投資を投機的なものと区別することです。そしてもうひとつは、お客さまに自分の価値観を押し付けないことです。
インフレについて理解する
「預金金利が付いているのだから、投資はしなくても良いのではないか」
この問いから分かるのは、この人がインフレーション(以下、インフレ)をよく理解していないということです。
金融機関職員ならば誰しもインフレを理解しているはず、そう思われたかもしれません。たしかに、試験であればほとんどの職員が正しく解答できるでしょう。しかし、試験で正答できる知識があることと、実務上あるいは実生活上の判断に活かせる理解があることとの間には隔たりがあるのが実状です。
例えば、米の価格について考えてみましょう。米の価格が、1kgあたり500円から1000円に上昇したとします。そうすると、一万円札で買える米の量は20kgから10kgに減少します。これは一万円札の価値が減少していることを意味します。当たり前のことを言っていますが、ここで着目してほしいのは、インフレすなわち物価の上昇というのは、同時に貨幣価値の下落であるということです。貨幣価値が下落するのですから、預金金利が付いたとしてもそれがインフレ率におよばなければ、預金として保有している資産価値は実質的に目減りすることになります。額面が増えるからといって儲かったことにはならないわけです。
本稿執筆時点の2025年12月上旬において、日本のインフレ率は3%程度で推移しているのに対して、年率3%もの金利がつく預貯金はほぼないでしょう(数カ月などの短いキャンペーンでは存在するかもしれませんが)。こういった状況を踏まえて考えれば、預貯金では実質の金利はマイナスであり、資産価値の減少は避けられません。「預金金利が付いているのだからそれで良いのでは」という考えには、インフレについての実感を伴った理解が欠けていると言わねばなりません。
さて、資産価値の減少はすなわち購買力の低下です。これに対抗する方法は主に3つあります。ひとつは、インフレ率と同等以上に賃金や報酬を上昇させることです。ただ、この手段を取れる人は限られるでしょう。2つ目は、インフレ率を上回る高金利の預貯金に預けることですが、これが難しいことは先述の通りです。そして3つ目は、株式投資をすることです。ただし、株式投資についてはインフレが経済成長とともに進行するという経済の好循環が前提です。
いずれにせよ、ここにインフレへの防衛策として投資商品を案内することの意味があるのです。さらに言えば、貨幣価値の下落とその対策として投資がある、ということを自身が納得したうえで説得力を持って説明できれば、これまで投資経験のないお客さまにも興味を持っていただけます。
投資と投機を区別する
質問のなかで次に注目したいのは、「リスクの高い商品を提案したくない」という発想があることです。
投資には将来の不確実性がありますから、そこにリスクがあることは間違いありません。お客さまにはこのリスクを受け入れていただく必要があります。一方で、インフレで貨幣価値が下落することを考えれば、ただ資金を持っておくことにもまたリスクだと言えます。日本円を現預金で持っておけば元本保証で安心、というのは幻想なのです。
お客さまにリスクを取らせたくないと思うのは、投資をギャンブルのようなものだと考えているからではないでしょうか。需給によって変動する価格差で利益を得ようとするFXなどでは儲ける人がいる一方で、必ず損をする人がいます。このような活動は投機と言えるでしょう。私たちがお客さまにご案内するのは投機ではありません。
株式であればその価格は変動しながらも企業の業績に収れんします。そして長期的な経済の成長とともに株式市場は全体として上昇すると考えられます。とはいえ、個々の企業をみれば、成長しなかったり倒産したりすることもあります。そこを見極めるのが難しいからこそ、手数料を支払って資産運用を任せる投資信託という手段もあるわけです。
自分が理解できていない投資をお客さまに案内すべきではない、というのは至極まっとうな姿勢なのですが、まずは投資とは何かを理解するところから始めてみましょう。正しく怖がることが大切です。リスクを正しく理解して、どのくらいのリスクなら取れるお客さまなのかを見極めていきましょう。
お客さまに自分の価値観を押し付けない
インフレにより貨幣価値が減少することを理解し、なおかつ投資の本質についても把握した上で、どのような投資を行うかは、いかようでもあり得えます。自身のリスク許容度や将来への見立てなどから、投資はしないという判断をすることもあり得るでしょう。しかし、それを決めるのはお客さまご自身であるということを肝に銘じましょう。
私たちの仕事は、お客さまに選択肢と判断材料を提示することです。年齢も資産背景も考え方も違いますので、あなたの価値観は一旦傍において、リスク許容度などを確認した上でお客さまに合う商品を共に考えましょう。リスク許容度が高くないお客さまであっても、少額であれば高リスクの投資商品を購入することも十分にあります。その場合の少額というのも、お客さまによります。お客さまにとっての100万円は、担当者にとっての100万円と同じではないのです。
金利が上昇すると、お客さまの選択肢は増えると思われます。今の時代のルールやニーズに即した商品が誕生するかもしれません。担当するお客さまから「こんな商品があるなんて知らなかった」と後から言われないように、お客さまの選択の幅を広げられるように常に勉強しておきましょう。
支店長には、職員からの業務の根幹に関わる質問や要望に対して、力でねじ伏せたり、はぐらかしたりするのではなく、正面から本質に則った回答をしていただきたいと思います。そうでなければ、職員の成長はなく、当然業績もついてこないでしょう。
自分に経験がなかったり、弱い分野なのであれば、少人数の座談会などを開いて詳しい職員が回答するなどの勉強の場を設けるのが望ましいでしょう。支店長だから何でも知っているということはないのです。職員との対話を通して、疑問や懸念を丁寧に解消していき、みんなで一緒に成長していきましょう。

