今国会の目玉は政治改革だけではない
金融庁が提出した「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案」が5月7日に衆議院を通過し、参議院に審議が移された。本改正案は、我が国資本市場の活性化に向けて、「資産運用の高度化・多様化」及び「企業と投資家の対話の促進」を図りつつ、「市場の透明性・公正性を確保」するため、投資運用業、大量保有報告、公開買付等に関する制度を整備することを目的としている。
このうち「資産運用の高度化・多様化」については、新規参入促進を通じた資産運用の高度化・多様化によって、家計を含む投資家へのリターンや企業価値の向上、スタートアップの活性化を図るため、以下を掲げている(下線太字は筆者)。
① 投資運用業者からミドル・バックオフィス業務(法令遵守、計理等)を受託する事業者の任意の登録制度を創設するほか、当該登録業者に業務を委託する投資運用業者の登録要件(人的構成)を緩和すること、また、投資運用業者が金銭等の預託を受けない場合は、資本金要件を引下げる(50百万円から例えば10百万円に)こと
② 投資運用業者がファンド運営機能(企画・立案)に特化し、様々な運用業者へ運用(投資実行)を委託できるよう、運用(投資実行)権限の全部委託を可能とすること
ミドル・バック業務委託のコンプライアンス水準をそれほど悲観する必要はない
衆院財務金融委員会の審議では、野党の委員からミドル・バックオフィス業務の委託について以下のような懸念が示された。
- 例えば、コンプライアンス業務は、本来、(関係者と)頻繁にコミュニケーションをとりながら現場の実情を確認し(業務運営に)問題が無いかチェックするものである。果たして、外部委託先で必要な情報が得られるのだろうか。
- 外注費の授受が生じる中、委託先が委託元に言うべきことを言わない、あるいは忖度してしまうことにならないように、委託元から独立性・中立性を保っているか二重、三重のチェック体制を整える必要があるのではないか。(ある委員は、忖度の事例としてエンロン事件を持ち出して、本来中立的な立場で企業の財務報告を厳しく監視すべき監査法人や顧問法律事務所が違法行為や不正取引の協力者として事件に関与していたことを紹介していた)。
- コンプライアンス部門において、これまでは、「十分な知識・経験を有する役員または使用人を配置する」とされていたものを、今後は、「(委託業務の)監督を適切に行う能力を有する役員または使用人を置く」としているが、十分な知識・経験を有していないと監督を適切に行うことが出来ないはずであり、このような法改正は必要ないのではないか。
これに対し、政府側は「外部委託先において委託元から必要な情報を適切に受けているか」、あるいは「委託元に対して適切にコンプライアンス上の指摘を行える体制を確保しているか」、また「委託元においても、委託先からの意見や指摘に対して適切に対応しているか、当局がしっかりとモニタリングしていく」と回答している。
筆者は、真に専門性‧中立性を有する業者がミドル‧バックオフィス業務を受託することを大いに願っている。業界全体としてコスト負担の軽減につながるほか、管理能力の均質化が図れ、社内に専門性の怪しい担当者が形式的に配置されるより、よほど牽制が効くように思う。外注費の授受により忖度が働く懸念はあるが、それは社内の給与所得者がコンプライアンス責任者である場合でも同様だろう。また、業務拡大に向けて対外的な信用が欠かせない専門業者の方が忖度する可能性は低いように思われる。
小規模投資顧問業の玉石選別をめぐり当局が新たな一手も
なお、今回の改正により、投資運用業者において、「当該登録業者に委託した場合、登録要件が緩和されるほか、金銭等の預託を受けない場合は資本金要件が引き下がる」となれば、米国のRIA(Registered Investment Adviser)のように残高連動型のフィーを主な収益とし、一任により運用を行う小規模投資顧問業者の解禁に道が開けたように感じている。
10年前になるが、「資産形成支援のあり方を考える勉強会」が『個人資産形成の拡大に向けての提言』を公表し、その中で「上限付個人・小規模投資運用業の解禁」を掲げていた。勉強会のメンバーは金融商品仲介業者や大学教授のほか、大手ネット証券、独立系・外資系の資産運用会社の有志で構成され、金融庁もオブザーバーに入っていた。
提言では「預り資産残高の制限(上限)や、受託業務の証券会社への委託等のルール整備を行った上で、投資運用業の登録要件を緩和し、小規模投資運用業を解禁し、顧客からの預り資産残高にかかるフィー収入を収益の柱とすることによって、より顧客目線に立ったアドバイスサービスの拡大が期待できる制度構築を行うべき。」と具申しているのだが、今回の法改正で実現に向け一歩前進した感がある。
なお、ミドル・バック業務を受託する業者が、極めて小規模の投資運用業者の委託を受けるかは不明だ。彼らにも採算に見合う規模感があるはずだ。さらに、小規模の投資運用業者や投資一任業者が多々台頭した場合、当局等において、どのように監督・指導していくかも課題となる。
目下、当局は、近年顕著に増加している(小規模の)金融商品仲介業者の監督・指導に手を焼いているところだ。これまで当局は、金融商品取引業者が、所属している金融商品仲介業者を適切にモニタリング・監督しているか確認するにとどめ、金融商品仲介業者の業務運営状況を直接チェックすることは限定的であった。こうした中、一部の金融商品仲介業者において、金融商品取引業者の指示を受けてIPO銘柄の買い支えを行うといった事例が発生したほか、仕組債や外貨建て一時払い保険等を使って回転売買を繰り返し、顧客が苦しんでいる事例が散見されており、当局も、監督の在り方を見直さざるを得ない状況にある。
小規模多数の玉石混交の業者を監督することの難しさを実感している当局としては、優秀なミドル・バック業務受託業者の参入を期待しつつ、「石」の参入阻止に向けて新たな施策を打ってくる可能性がある。筆者としては、投資信託協会や投資顧問業協会などの業界団体における自主的な監督・モニタリング・指導にも期待したいところだ。