マンションのドアがとても重く感じられた。美香は疲れ切った体で家に帰宅した。時間はもう11時に迫っている。

美香は中堅医療機器メーカーに勤めている。大学を卒業してから働いているので今年で10年になった。順調にキャリアを重ねたこともあり、今はプロジェクトチームのサブリーダーや新人の教育担当などを任されている。

立場が上がることはもちろん喜ばしいことなのだが、負担があまりにも大きかった。自分の仕事だけではない。新人2人の仕事をチェックしたり、指導をしたりと、やらなければいけないことは膨大だった。

そのせいで、帰りはいつも遅い。

「お帰り」

リビングのソファに座っていた夫の幸次が声をかけてきた。

幸次とは結婚して5年になる。幸次は現在、システムエンジニアとして仕事をしていた。忙しいタイミングもあるが、比較的残業は少なく、美香が帰る時間にはたいてい家にいる。

「ただいま」

それだけ答えて美香は寝室に戻ろうとした。とりあえずシャワーだけ浴びてゆっくりしたいと思った。しかしそんな美香に幸次が声をかける。

「あれ、飯は?」

振り返ると幸次が笑みを浮かべていた。

「もう遅いから簡単なのでいいよ」

帰ってきたばかりなのは分かっているはずだ。それなのに幸次は平然と料理をしてくれと言ってくる。しかもなぜかこちらをねぎらっているような言い方だ。

そんな幸次の態度に美香は深いため息をつき、きびすを返してキッチンに向かい、料理を作り出した。野菜を切る手に力がこもる。

どうして当たり前のように自分が料理をしないといけないのだろう。

夫婦の形はそれぞれだ。うちは共働きだから家事も2人でやるように約束をしたはずだ。しかしいつの間にかほとんどの家事を美香がやるようになっていた。料理、洗濯、掃除全てが美香の仕事になっている。もちろん何度もやってくれと言っていた。しかしその場だけちょっと手伝うだけで継続して何かをしてくれるわけではない。

今まではそんな幸次に対して不満を持つくらいのところで済んでいた。あるいは、どうせそういうものなのだと諦めていた。

けれど、今の仕事量から考えると、このままでは心も体ももちそうになかった。

「ねえ、やることないなら乾燥機から洗濯物を出して畳んでよ」

「もちろん。ご飯食べたらやっとくよ」

幸次はスマホを眺めている。

返答や態度の1つひとつにストレスが溜まった。美香が吐いたため息は換気扇に吸い込まれていった。