帰宅した夫への相談

夕食の支度をしながら、結衣はニンジンを刻んでいた。園庭でのやりとりが頭から離れない。

リビングから心春の「あわてんぼうのサンタクロース」が聞こえる。歌詞はあやふやなのに、とびきり楽しそうだ。クリスマスと聞いただけでこうなるのだから、パーティー当日はどうなってしまうのかと結衣は思う。

玄関の鍵が回る音がして、夫が帰ってきた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

夫はコートと上着を脱ぎ、キッチンを覗き込む。

「いい匂い。シチュー?」

「うん。鶏肉が安かったから」

鍋のふたを少し持ち上げ、湯気を逃がしながら結衣は言った。

「今日ね、幼稚園で……ママたちと、クリスマスの話になって」

「ああ、そういう季節か」

夫は水を注ぎ、椅子に座る。そこへ心春が走ってきて、「パパ、おかえり」と抱きついた。結衣は火を弱めると、そのまま続けた。

「パーティーしようってなって。場所どうするって話になって……で、聖来さんが『結衣さんち新築だよね』『広いでしょ』って」

そこまで一息に言ってから、鍋を混ぜた。

「それで、うちでやることに?」

「……はっきりいいとは言ってない。ただ、否定しなかったから、ほぼ決まっちゃって。断ったら変な空気になりそうで。心春も、きっと楽しみにするし」

案の定、心春はテーブルの周りを回りながら、

「パーティーするの? みんなくるの? サンタさんもくる?」

と、目を輝かせている。

夫はその様子を見てから、結衣に視線を戻した。

「それ、結衣がやりたいかどうかは置いといて、決まった感じだね」

「……うん」

「聖来さん、相変わらず自分のペースだな」

さらりと言われて、結衣は思わず笑う。自分では口にできなかった愚痴を代わりに言ってもらえたような気がした。

「まあでも、もう決まっちゃったんでしょ。今さらやめますって言うのも、結衣的に難しいよな」

結衣は小さく頷く。

「俺も手伝うよ」

「え?」

「買い出しもするし、当日も最初の準備と片付けくらいは一緒にやる。最初だけ顔出して、途中で出かければ、ママ同士も話しやすいだろ」

「でも……いいの?」

「いいの。結衣ひとりのイベントじゃないんだから」

ほっと気がゆるむのが分かった。心春が「ケーキ、いちごのがいい」と割り込む。結衣は「考えておくね」と頭をなでた。

心春が楽しみにしている。夫は味方でいてくれる。それなら。

「……ちゃんと準備しなきゃね」そう口にすると、夫は「おう」と笑った。

鍋の中でシチューが静かに泡を立てる。まだ何も始まっていないのに、少しだけ、賑やかな部屋の光景が目の前に浮かんだ。

●クリスマスパーティーの会場として、断り切れずに自宅を提供することになった結衣。相談をした夫が協力的だったことで前向きに準備をすることになったのだが…… 後編【「お金出す感じなの?」手ぶらで来たママ友が放った一言…クリスマスパーティーで露呈した非常識な本性】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。