理学療法士を目指す理由

静枝の容態は徐々に回復していき、2週間後には完治していた。静枝が普通に歩けるようになり日常を取り戻したある日、円花は食後に皿洗いをしていた。

すると廊下の奥から声が聞こえてきたので円花は水を止めてリビングのドアを開ける。廊下では静枝と春が向かい合って話をしていた。進学について言い合いをしてるのかと思ったが、静枝の顔にいつもの厳しさはなかった。

「春が学びたいのってこの前言ってた理学療法ってやつなの?」

「うん、目の前で先輩が施術を受けてるのを見たことがあったんだ。先輩はずっと腰に爆弾を抱えてて、練習だって満足にできない状態だったんだ。このままだと大会に出られないって本当に悩んでて……。それで知り合いに紹介してもらった病院に通うようになったんだよ。私はそれに付き添ったんだけど、本当にすごい先生でさ。先輩の悩みに真摯に向き合って必ず大会に間に合わせるって約束をしてくれたんだ」

さらに春は続ける。

「実際にその先生のおかげでね、先輩は腰が完治して最後の大会に万全の状態で挑むことができたんだ。先輩は先生にとても感謝してて、私も人の力になれるのって本当にスゴいなって思ったの。だから私は理学療法士になりたくて大学で勉強をしようって思ったの。お婆ちゃんは無駄だって言うかもしれないけど、多くの人を助けてる立派な仕事なんだよ」

春の説明を聞き、静枝はゆっくりと頷く。

「そういうことだったんだ……。無駄なんて言ったのは謝るよ」

静枝は素直に謝罪した。春は笑顔で首を横に振った。

「ううん、いいの。私の将来を心配して言ってくれたんでしょ。あのときはカッとなって怒って私もごめん。でも私は自分がやりたいことをやれるのなら周りから何を言われても気にしないよ」

これが本音なのだろうと伝わって来た。

春は円花や静枝が思ってるよりもかなりたくましく育っていたのだ。聞き終えた静枝は満足したように頷き、自室に戻る。そこで春は円花の存在に気付く。

「あれ、聞いてたの?」

「うん、しっかりしてるなって感心してた」

円花は正直な気持ちを口にする。

「何それ?」

春は照れくさそうな笑みを浮かべる。そこにはまだあどけなさが見て取れた。

「アイスあるけど食べない?美味しそうだったから春の分も買ってあるんだけど」

円花がそう尋ねると春は少し考えて首を横に振る。

「いや部屋に戻って勉強するよ。もうすぐ期末だし。それに東大とは言わないまでもできるだけ難関の大学を狙いたいからさ」

それだけ告げると春は廊下を歩いて部屋に戻っていった。円花は春の後ろ姿を見送りながら、1人で道を切り開いて進んでいく娘の頼もしさにわずかな寂しさを覚えた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。