会社を守るために下した苦渋の決断

先方は弁護士を立ててきたので、こちらも野口さんと会社の弁護士の方とで対応してもらうことにしました。

会社の方は、次期社長候補として父を補助していた夫を古参の役員の方々が盛り立ててくれ、営業継続に大きな支障を来すことはありませんでした。ただ、相続に関して夫や役員からは、「自社株が異母弟側に渡るような事態は避けてほしい」と懇願されました。

それは野口さんからも念を押されていました。最終的な相続税評価額は4億円ほどになり、自社株や不動産、車などを母と私、さらに一部を夫が承継する形にすると、異母弟には前に野口さんが指摘していた通り、1億円近い金融資産を渡すことになります。

母も私もそれなりの蓄えがあり、これから生活していく上で経済的に困るわけではありません。それでも、突然降って湧いて出たような婚外子に、金融資産の半分近くを持っていかれることには抵抗がありました。

母と私、夫で野口さんや弁護士さんから遺産分割協議書を手渡され、報告を受けた席は、まるでお通夜のようでした。野口さんは、「こんな結果になって奥さんや珠希さんには本当に申し訳ない。社長もひと言言ってくれれば、いかようにも対策はできたのに」と無念さをにじませていました。

今も許せない父の2つの罪

先月には父の一周忌の法要があり、家族や親戚、会社関係者だけでなく、取引先の方や、父の友人の方など大勢の方が駆け付けてくださいました。でも、その席で皆さんが私や母にかける言葉が、どことなくよそよそしいのを感じました。少なくとも父が急死した直後の葬儀の時とは、明らかに違いました。

恐らくは、父に秘密の愛人と隠し子がいて、会社の経営に口出しをされないよう相当額の遺産を渡したらしいといった噂話が広まっているのだと思います。ほとんどは事実ですから仕方がないのですが、第三者が面白おかしく話に尾ひれをつけて噂を拡散しているのだとしたら心外です。

私は父のことを経営者として、また、家庭人としてもリスペクトしてきました。父の娘として生まれて本当に良かったと思っていました。ですが、今は亡き父の墓前で素直に「今までありがとう」と言えない自分がいます。

母や私を裏切っていたこと。そして、それを告白するのを先延ばししてきたこと。

父が生前私に与えてくれた「功」の方が圧倒的に大きいのは分かっていますが、それでも私は今なお、父のこの2つの「罪」が許せないのです。

※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。