あんたのままごとには付き合ってられない

健司の言葉に弘美は吹き出す。

「それはこっちのセリフよ。あんたのままごとにこっちも付き合ってられないわ」

「何だと……⁉」

弘美は健司の作った蕎麦を指さす。

「この蕎麦でお金を取ったら詐欺よ。こんなコシも何もない蕎麦なんて1円の価値だってないから」

「ふざけるな! 素人が偉そうなことを言うな!」

顔を赤くして健司は怒るが弘美は全く怯まない。

「あら、これってあなたがよく言ってたヤツよ。あんたは言って良くて何で私はダメなのよ」

「俺が努力して打った蕎麦を……!」

「あなたは単なる蕎麦好きよ。蕎麦打ちとしてまだ店を出すレベルにはない。悪いけど私はそんな泥船には乗れないわ。これからは1人で生活をさせてもらうから」

そう言って弘美は立ち上がる。

「それじゃさようなら。もうこの家は出て行かせてもらう」

すでに新しいマンションは決まっていて、荷物もそちらに移動し終えていた。
リビングを出ようとする弘美を健司は止めてきた。

「待て! 本気で言ってるのか⁉」

振り返ると健司は椅子に座ったままこちらに背中を向けていた。

焦って泣きつくようなみっともない真似はできないというプライドが見えて冷める。

「本気よ。うどんの日に蕎麦屋を開業するなんてセンスのない人の店なんて長続きするわけないわ」

弘美がそう言うと健司は押し黙る。

「なんで私がうどんの日だなんて知ってるって思わないの?」

背中越しにハッとした顔になったのが伝わってきた。

「私は香川の人間よ。昔っからうどんが大好きで育ってきたの。そんな私が何で蕎麦屋の手伝いなんてしないといけないのよ」

弘美は吐き捨てるように言って家を出た。

家を出てからタクシーを止めようと大通りまで歩く。その間、1度も後ろを振り返ることはなかった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。