何も知らず、一人蕎麦を打つ夫
「分かった……。ちょっと本気で離婚を考えてみるね」
「うん、絶対そうしたほうがいいよ」
それから弘美は離婚に向けての準備に取り掛かった。
一方の健司はそんなことが行われているなんて全く気付かず、蕎麦打ちの練習や開業に向けての準備を進めていた。
弘美はもちろん健司に対して何一つ文句も言わなかった。
恐らく健司はいつものように弘美が受け入れたと思い込んでいる。
そうして平穏なまま時が過ぎ、蕎麦屋の開業の前日、7月1日を迎えた。
この日の夜は健司が打った蕎麦を2人で食べる。
蕎麦を啜りながら健司は話しかけてきた。
「明日が開店日だ。仕込みを手伝ってもらうから8時にはこの家を出るぞ」
無表情で話す健司に対して弘美はサイン済みの離婚届を差し出す。
「これにサインしてもらえる?」
離婚届を見た健司は強い怒りの表情で弘美を見る。
「何の真似だ……?」
「離婚してほしいから書いてって言ってるのよ。それくらいは分かるでしょ?」
「今がどういうときか分かってるのか……⁉ こんな下らないものに付き合ってられないんだよ……!」