ちゃんと就職くらいしなさい
はじめはただの気まぐれだった。あるいは就職活動をしないでいるための、自分に対する言い訳だった。
昔に習った記憶を辿りながら、分からない部分はYouTubeで親切な動画を眺めながら、母が遺した毛糸で手のひら大の人形を編んだ。思いのほか出来がよかったから、SNSに写真をアップした。すると思いのほか反響が集まった。
いいねだけではない。賞賛のコメントに紛れて、売ってほしいという声までいくつかあった。
すっかり気分を良くした仁美は再び毛糸の人形を作り、フリマアプリで販売を始めた。一体どんな人がどんな目的のために買っているのかは不明だったが、人形はとりあえず売れた。数は1ヶ月のあいだにおよそ15~20個。つまりおよそ2万円くらいの売り上げを手にしていた。
「まさか、仁美。そんなので生活してこうとか、甘いこと考えてるわけじゃないよね?」
どうせ馬鹿にされると思っていたので別に暁美に言うつもりはなかったが、有頂天だった仁美は電話でうっかり口を滑らせた。結果は予想通り。仁美は内心で大きな舌打ちをした。だから悪意たっぷりな嫌味がするすると口を突いて出た。
「そんなのって何? そうやって職業差別するんだ。あ、もしかして、妹の隠れた才能を認めるのが嫌なの?」
「どうしてそうなるのよ。こっちはあんたを心配して言ってんの。ちゃんと就職くらいしなさいって」
「心配心配って、自分の手の届く範囲で飼い殺しにしておきたいだけでしょ? 私は自分でビジネスするからいいの。お姉ちゃんとは違うの」
仁美は乱暴に電話を切った。暁美は何も分かっていない。きっとまだ2万円しか稼げていないから、ああして馬鹿にするような態度を取るのだ。
だったらもっと売ればいい。効率的に人形を編んでもいいし、値段を少しだけ上げてもいい。いや、別に商材が毛糸の人形である必然性だってどこにもない。もっと高く売れるもの、稼げるものを売ればいいのだ。
そんなことを考えていたから、仁美のSNSに届いたDMはまさに渡りに船だった。
〈投稿を拝見しました。素晴らしいクオリティのハンドメイド商品ですね。もしよろしければ、より収益が出せるようになるためのビジネス拡大のお話をさせていただけませんか?〉
●何度かのやりとりを経て、仁美はDMの主とオンライン面談をすることになる。画面の向こうにやってきたのは30代の男だった。男に言われるがままに仁美はなけなしの25万円を支払う。しかし、約束されているはずのサポートは得られなかった。騙されてしまったかもしれない。呆然とする仁美のところに姉の暁美がやってきて……。後編:【「カチコミよ…」自立を決意した30代無職の女性が情報商材屋に騙されて…窮地に現れた姉がしてくれたこと】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。