もっと面白い話をしろ

34歳にもなってこんなところで何をしてるんだ。いつまで学生気分で当時の恋愛を引きずっているんだ。服がダサい。髪型もダサい。もっと面白い話をしろ。

支離滅裂だった。言葉尻はマスターがカウンターで苦笑いするほど強烈だった。だけど麗香が発するすべての言葉を、八代は何度もうなずきながら、静かに聞き続けた。

「もうやだ。全部ブーメランなの分かってるんだよ。ほんと惨め。何で騙されちゃうかなぁ。ちょっとお金持ってて、そんな、それだけの男に、どうして騙されちゃうかなぁ」

やがて麗香はテーブルに突っ伏し、もういじりようがなくなった八代に飽きたように頭を抱えた。

「この年にもなって、恋愛に浮かれるとかバカみたい」

「バカじゃないと思うよ。いくつになったって、恋愛したり、ときめいたり、浮かれたり、泣いたり笑ったりして、いいと思う」

「は?」

「あ、いや、ごめん」

顔を上げてにらんだ麗香に対し、八代はほぼ脊髄反射で謝った。麗香はそういうところがダメなんだと、また八代にいちゃもんをつけようかと思ったが、やめておいた。代わりに

「あんたに慰められるとか、私はもうどうしようもないねぇ」

「慰めてるわけじゃないよ。ほんのお返しのつもり」

「お返し?」

「長田さんは学生のときから変わらないよ。いや、変わってるんだとは思うんだけど、その、なんていうか根っこにある長田さんは変わってない。眩しいまんまだ。俺みたいなやつにもああやって、いろいろアドバイスしてくれて、ダメだししてくれて。無視すればいいだけの話なのに、そうはしないで、ちゃんと向き合おうとしてくれる」

「なにそれ」

あれはアドバイスなんかではない。ただ自分の情けなさに嫌気がさして、たまたまそこにいた八代をサンドバッグ代わりにしようと思っただけのことだ。

「もちろん、長田さんにそんなつもりはないだろうから、ごめん。でも僕は嬉しいんだ。今も昔も」

「ちょっと気持ち悪い」

麗香が言うと、八代はたぶんはにかんでいたような気がした。けれどもうすでに酔っぱらっていたし、そのあとすぐに吐いて眠ってしまったので、八代が本当はどんな顔をしていたのかは、麗香には分からなかった。

翌朝、自宅のベッドで目を覚ますと、テーブルの上に飲みかけのミネラルウォータ―とインスタントのしじみの味噌汁と、書き置きが置いてあった。

鍵を探すためにバッグのなかを勝手に見てしまいました。ごめんなさい。お大事にしてください。また来ます。

「……また来んのかよ」

麗香は二日酔いで痛む頭を押さえながら、声をあげて笑った。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。