ストーカー男に話しかけ

仕事を終えて家に帰ると、しばらく姿を見ていなかった八代がまた戻ってきていた。一体どこで聞きつけてくるのだろうか。大して気に留めていなかった存在だったが、今更になって少し薄気味悪く思えた。とはいえ、麗香に何かをしてくるような気概はこの男にはないことも分かっている。だから麗香は電信柱の陰にいる八代に容赦なく近づいていった。

「ねえ、どこで知ったの?」

「え?」

急に話しかけられた八代の声は裏返っていた。

「だから、私が別れたのとか、どこで知るの?」

「いや、それはまぁ……」

八代は少しうつむいたまま、人差し指で頬をかいた。麗香は八代が質問に答えないでいることよりも、はっきりしない態度でいることに苛立った。

「まあいいわ。どうせ暇でしょ? ちょっと付き合って」

「え、あ、え?」

「そのいちいち驚くのうざい。前から何度も言ってるでしょ!」

麗香はマンションを通り過ぎて歩き出す。八代はおずおずと麗香の後ろをついてくる。

向かったのは近所のバーだった。朝5時まで営業しているので、20代のころはよく訪れていた馴染みの店で、入店するとマスターが「お、麗香ちゃん久しぶり」と声をかけてくる。挨拶もそこそこに、店の奥のテーブル席に座り、ジントニックを頼む。八代は「あ、えっと、同じものを」と何故か少しはにかみながら注文していた。

特に話すことがあるわけでもなく、麗香は出てくるカクテルを水のように飲みながら、八代に説教を始めた。