順風満帆とはいかず……
これまで人生のほとんどのリソースを使って仕事に邁進してきた麗香は、同じような姿勢で仕事と向かい合い続けてきた薬師から仕事の話を聞くのが好きだった。特に経営層とも深い付き合いのある薬師の話は、麗香自身とても学びを得られることが多かった。
だがその日は珍しく、帰りの車のなかで仕事の話をする薬師の表情は浮かばなかった。
「実は、ちょっとトラブルになっててね」
「そうなの、俊弥にしては珍しいね」
「まあ、大きな問題にはならないんだけど、損失を一時的に補填しないといけなくて」
会ったときから疲れて見えたのは、このトラブルが原因だったのだろうと麗香は思った。
「補填って、いくら?」
「ん、ああ、3000万」
「そんなに……大丈夫なの?」
薬師の仕事は分かりやすく扱う金額のスケールが大きかった。麗香が営業をしてコンペを勝ち抜き獲得してくる案件とはゼロの数が違う。
「まあ、なんとかって感じ」
「本当? 無理しないで、もし必要だったら言ってね。私だって少しくらい貸せるから」
「いや、さすがにそれは……」
「何言ってるの。困ったときはお互い様でしょ。それに30半ばの独身女舐めないでよ? 使い道なくて貯まったお金くらいあるんだから」
あまり重たくならないようにと、麗香は冗談を飛ばす。疲れた表情をしていた薬師が小さく笑う。こうして支え合っていこうと思えることの延長に、結婚というひとつのかたちがあるのだろうと麗香は思った。
けっきょく麗香はその日、薬師に150万を貸した。最初は300万貸すよと伝えたのだが、それは本当に申し訳ないからとその半分を工面することになったのだ。
薬師は麗香に何度も頭を下げていた。
しかしすぐに返すからと約束していたはずの薬師は、お金を渡した翌日から連絡が取れなくなった。