君のことを話した

それから数日後、仕事終わりにビルを出ると、辰巳が待ち構えていた。今までもそんなことはあったのだが、明らかに浮かない顔をしていた。

「ちょっとドライブでもしよう」

美穂は言われるがまま、車に乗りこんだ。辰巳は車をしばらく走らせた。その間、お互いに何も言葉を発することはなかった。やがて車は、何でもない路肩にゆっくりと止まった。

「……父さんに君のことを話したよ」

美穂は何も答えず、続く言葉を待っていた。だが待つまでもなく、結果はなんとなく想像ができていた。

「俺たちの結婚は許さないってさ」

「そう」

と答えるのがやっとだった。

「言い訳みたいだけど、何とか父さんに美穂との結婚を認めてもらおうと思ったんだ。でも強情でさ。もし勝手なことをしたら勘当だって。会社は弟に継がせるとまで言ってきたよ」

「うん」

まだ知り合って数か月かもしれないが、辰巳が父親の後を継ぐために頑張ってきたことはよく知っているつもりだ。だから、その夢と天秤にかけられたとき、どちらに辰巳の気持ちが傾くのかもよく分かっていた。

「あー、もうこのままさ、車に乗ってどこか遠くに逃げてやりたいよ」

辰巳がハンドルに突っ伏して、声を荒げる。だが美穂も辰巳も、そんな子供じみたことができるような年齢ではなかったし、そんなことをしても意味がないと分かるくらいにはきちんと社会を知っている大人だった。

「結弦さん、今までありがとう。短かったけど、あなたからもらった幸せで、これからの人生十分に楽しく生きていけるくらい、私にとっては大切な時間だったよ」

深く息を吸って吐き出した言葉は、やたらと固く響いていつまでも車のなかに残り続けた。ハンドルに寄りかかったままの結弦は黙ったままだった。