どんなことも乗り越えられる
夏芽たちは航空会社が用意したホテルにチェックインを済ませた後、敦也に連れられて串カツの名店へと足を運んだ。のれんをくぐって店内に足を踏み入れた瞬間、食欲をそそる香ばしい油とソースの匂い、あちこちから聞こえるにぎやかな笑い声が夏芽たちを包み込む。店員たちが話す関西弁も、どこか懐かしく心地よいものに感じられた。
敦也は夏芽を伴ってカウンターに座り、慣れた様子で次々と串カツを注文した。
「ほら、夏芽も熱いうちに食べてごらん。ビールと相性バツグンなんだよ。あ、ソースの2度漬けは禁止やで~、なんてね」
「ありがと、いただきます」
敦也と一緒に揚げたての串カツを口に運び、冷えたビールで喉を潤す。疲れたからだに染みたのか、思わず笑みがこぼれた。
「……おいしい」
「だろ? 大阪に来たらこれ食べないと始まらないんだよ」
敦也は早くも半分ほど中身の減ったビールジョッキを片手に、得意げな顔で笑う。
「ようやく笑った。いろいろあったけど、せっかくなんだから楽しもうぜ」
「うん、ありがとう」
おいしい串カツを頰張って、冷たいビールを飲んだ。楽しげな敦也を見ているうちに、夏芽は先ほどまでの緊張や疲労、何より沖縄へ行けなかった後悔と失望が少しずつ消えていくのを感じていた。
おなかいっぱいで店を出るころには、アルコールの力も相まって、気分もかなり良くなっていた。ストレスで胃が痛くなるようなフライトが、もうずいぶんと昔のことにすら思えた。
「敦也、今日はありがとうね」
夏芽は自分の隣を歩く敦也の腕を取ってつぶやいた。
「全然。夏芽と大阪に来れて最高だよ。これからもいろいろあるだろうけど、俺たちなら大丈夫。今日みたいな日を楽しめたんだから、きっとどんなことも乗り越えられるよ」
敦也はドラマに出てきそうなくさいセリフを何食わぬ顔で言ってのけた。普段だったら照れくさくなって、「ベタすぎる」と笑って突っ込んでいたはずだが、夏芽はちゃかさなかった。
「そうだね。私たちなら大丈夫」
夏芽は力強くうなずくと、ホテルまでの道のりを敦也と並んで歩いた。たとえ困難な道でも、この人と一緒なら大丈夫。
つないだ手は力強く、街の明かりは温かかった。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。