<前編のあらすじ>

夏芽(29歳)は夫の敦也(32歳)と、シルバーウィークに予定していた沖縄への新婚旅行に旅立つため羽田空港に居た。大型台風の影響で「条件付き運航」での離陸となった。

航空会社のもくろみ通りであれば問題なく那覇空港へ着陸できたはずが、到着予定時刻を過ぎても機上のまま、当初の予報よりも長く沖縄上空付近にとどまっている台風の影響で、強風のため那覇空港に着陸できない状態が続いていた。

機内では小さな子供が泣き出し、サラリーマン風の男は怒り出し、緊張状態が続くが、上空での立ち往生は続いたままだった。

●前編:「条件付き運航で…」楽しみだった新婚旅行が一転、夫婦を襲った「秋台風の試練」

緊張状態が続く機内で

サラリーマン風の男の怒号でさらに子供の泣き声が激しくなるなか、キャビンアテンダントが急いで男のもとへ駆け寄った。

「お客さま、申し訳ございません。ですがどうかお座りください。安全のために、シートベルトをお締めいただきますようお願いいたします」

「じゃあ早く下ろしてくれよ! こっちは大事な商談があるんだよ! いいか、2億。2億の商談だ。あんたにその責任が取れんのか?」

騒いだところで飛行機は着陸できない。乗客全員がそのことを分かっているはずなのに、矛先のないいら立ちや不安が機内を満たしていた。

その後もサラリーマンの男は永遠に思えるほど長く――実際は20分近くごねていたが、キャビンアテンダントは毅然(きぜん)とした態度で彼に立ち向かい続けた。最終的に「機長権限で危険な乗客を拘束することができる」と説明されると、男は渋々指示に従い、ぶつくさ悪態をつぶやきながら自分の席に腰を下ろした。

しかし、キャビンアテンダントの冷静な対応も機内に深く根を張ってしまった不安を和らげるには至らない。

「長いな……」

敦也が独り言のようにポツリとつぶやく。その声は疲れ切っていて、どこか諦めも混ざっている。

「本当にね……」

夏芽も同じ気持ちだった。本当ならば3時間弱で到着するはずの飛行機に、もうかれこれ6時間も缶詰にされていた。機内の空気はひどくよどんでいて、疲れ切った乗客からは不満の声すらも上がらなくなっていった。

『――皆さまにお知らせします。現在、那覇の天候は回復しておらず、強風が続いております。乗務員一同、着陸の方法を検討してきましたが、いまだに見通しが立っておりません。帰りの燃料の都合もあることから、当機はこれより関西国際空港へ着陸いたします。悪天候のなかお待たせして大変申し訳ございませんでした』

機長の言葉が、乗客たちにどれほどの失望をもたらしたかは言うまでもなかった。機長から告げられた瞬間、機内には数百名分のため息と怒号が響き渡った。

恐れていたことが起きてしまった。夏芽は心臓が締め付けられるような息苦しさを感じた。これで新婚旅行は台無しだ。

「ま、まあ……こういうトラブルも旅行の醍醐味(だいごみ)だよな。無事に地上に戻れるだけでも良しとしよう」

敦也はそう言って苦笑いを浮かべたが、それは自分に言い聞かせているようでもあった。