元本割れを経験しても「投資」を続けた理由

幸人と茉莉を保育園に預けて彩が働き始めた後は、生活は急速に安定した。彩も保育士の道はあきらめたものの、フルタイムの仕事をするようになり、由人と2人分の収入を得ることができたからだ。しかし、子供たちが育つとともに、子供にかかる出費も増えていったので、生活が安定したとはいえ、決して楽になったということはなかった。子供たち2人分の積み立て投資は継続していたものの、夫婦としての貯蓄はほとんど殖やすことができなかった。ただ、小学校にあがる頃には、幸人は他の子供と変わらずに元気に遊ぶようになっていた。

子供が2人とも小学生となり、彩たちも30代になった。兄妹で近所のスイミングスクールに通った。どうしたわけか幸人は泳ぎが速かった。一つ得意なことができると、幸人の生きる力が変わってきたように感じられた。明らかに日々の表情は明るくなったし、生活態度に自信が持てるようになったのか、何事も力強くなった。

そんな時、彩はしばらく見ていなかった投信の積み立て結果を確認してびっくりした。幸人の積み立て投資は、そろそろ満10年になり、茉莉の積み立ても8年目になっていた。積み立ての開始当初は、評価額が元本を下回るようなことが続いたので心配だったが、その後、投資元本を評価額が安定的に上回るようになると、生活の忙しさもあり、残高を確認するのをやめてしまった。

ちょうど10年の節目だと思って確認することにしたのだが、10年で投資元本は120万円になるはずだが、評価額が300万円を超えていた。茉莉の分を合わせると評価額は500万円を超えていたのだ。投資元本は2人合わせて200万円程度だった。300万円も元本が増えていた。
 

 

手元に500万円があることが分かって、彩はストンと大地に降り立ったような気持ちがした。

取り戻した「保育士になる夢」

子供たちの学費にと考えていたけれど、投資で増えた分を頭金にして住宅を購入した方が、今の家賃よりも月々の出費は抑えられるかもしれない。子供たちの積み立ては、これからも続けるから今後も積立金が増え、学費に困ることはないだろう。家賃の負担が減るのなら、今の仕事よりも収入が少し減ってしまうからとあきらめていた保育士の仕事を始めてみようかと考えた。

「保育士の仕事」と考えただけで、彩の胸はときめいた。子供の頃からずっとなりたかった仕事だ。死んだ母親と約束した仕事でもある。彩は、子供たちのためにと懸命に頑張ってきた毎日が、今やっと、自分の人生として取り戻せたような気持ちになっていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。