エール

決勝戦を数日後に控えたある日、久保田はいつも通り時短勤務で働いていた。デスクでメールチェックをしていると、何人もの同僚から声をかけられた。

「いよいよ明日だね」

「テレビで見ますよ!」

「優勝したら友達に自慢するわ」

久保田は、本当に自分は幸せ者だと感じていた。引退後のキャリアがうまくいかない元お笑い芸人はたくさんいる。

しかし、自分はこんな素晴らしい人たちがいる会社に巡り合い、復帰の後押しまでしてもらった。

そして、人生の大一番を控えた今日、こんな温かい言葉をかけてもらっている。この不動産会社で過ごした日々を思い出すうちに、久保田は目頭が熱くなるのを感じていた。

社長が外出から戻ってきた。何か言うわけでもなく、真剣な表情でこちらを見ている。

そういえば、久保田が採用面接された時も、時短勤務で仕事と漫才を両立することが決まった時の話し合いの時も、社長は今のような真剣な表情をしていた。

社長と目が合った。社長は何も言わず、ゆっくりとうなずいた。それは、かつて音楽の夢を諦めた社長からの、漫才の夢を諦めきれない久保田への静かなエールに違いなかった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。